となりの専務さん
初めての……事情
ーー情けなくも


その言葉を伝える自分の声が、震えた。


言いたくなかった。でも、



専務のためには、言わなきゃいけない言葉だった。



私の言葉を聞いて、専務は言った。


「え、やだけど」



……ん?



「いや、だから別れ……」

「ちょっとなに言ってるかわからないな。そんなことより、そろそろ戻らないと下りのロープウェイ出ちゃうんじゃない?」

「は、はい。そうですね……?」


そうして、私と専務はロープウェイまで戻り始めた。



あれ……おかしいな。私、真面目に別れ話を切り出したつもりだったんだけど……伝わらなかった……?


「あ、あの、専務っ」

ロープウェイに向かって私の前を歩く専務の背中に、私は呼びかけた。


専務はなにも答えなかった。いつもだったら、すぐに振り向いて、「なに?」ってやさしく聞いてくれるのに。



「専……」

ロープウェイに乗り込む前、もう一度だけ専務を呼ぼうとした。

でも、ちゃんと呼べなかった。


「話なら、聞きたくない」

専務に、そう言われてしまったから。



「……」

私は思わず、黙りこんでしまった。ちゃんと、話さなきゃいけないのに。


とりあえず、下りのロープウェイにふたりで乗り込む。
無言だった。


『最終の下り便、動きますーー……』

そんなアナウンスとともに、ガタンとロープウェイがふもとまで下り始めた。
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