となりの専務さん
支度といっても、財布と携帯を持って、上着を着て、鍵を閉めるくらいだったので、たぶん五分もかからなかったと思う。


「すみません。お待たせしました」

アパートの階段を下りてすぐのところで待っててくれていた専務に声をかけると、専務は私に振り返り。


「ほんとに五分で来た」

「え?」

「せっかくのデートなんだから、もっと時間かかってもいいからオシャレしてくればよかったのに」

と言う。


「い、いえ、その、急にデートと言われましてよくわからないというか……。ていうか専務も普段着じゃないですか。髪もボサボサだし」

「これは変装も兼ねてるから」

そう言って専務はジャンパーのポケットからメガネを取り出し、着用した。


「ダテですか? ていうか変装って?」

「これから街に行くわけだし、休日に君といっしょにいるところを会社の誰かに見られたらマズいから。ちなみにダテ」

「確かにその格好なら誰も専務とは気づかないと思いますが……会社にいる時とはイメージが違いすぎますし。でも、その、街? 街に行くんですか? デートって?」

「石川さん、すっぴん?」

「私と会話してください……すっぴんですが」

「そう。じゃ、とりあえず行こうか」

そう言うと専務はスタスタと歩きだしてしまった。


「あ、あのっ」

私も慌てて専務の後を追いかけた。
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