となりの専務さん
「さて、次はこの段ボールかな」

縦に五つほど積み重ね、壁側に寄せてあった段ボールを見ながらひとりごとを呟く。
ひとり暮らししてるとひとりごとが増える人がいるって話を聞いたことがあるけど、それは本当かな。
本当だとしたら、このアパートで暮らす以上は気をつけないとな……。なぜなら、このアパートは壁一枚で隣人さんの部屋と隔たれているという、アパートというよりは寮みたいな造りになっていて、更に、その壁が薄そうだから。ひとりごととか、隣人さんに簡単に聞かれちゃうと思う。


……ていうか、この部屋でエッチとかしたら……すぐバレそう。

いやいや! 彼氏いないし、彼氏作る時間も余裕も今の私にはないし、そんな心配はしなくてもいいんだけど!

……あ、でも隣人さんがそういうことしてたら困っちゃうな……なんて。



あ。あとはゴキブリが心配だな……。虫全般が苦手ってわけじゃないけど、ゴキブリだけはムリだ……。
今まではお父さんかお姉ちゃんに退治してもらってたけど、これからはそういうわけにもいかないし……。古い建物だし、結構出そうだなぁ……。

今度、薬局に行った時にでもゴキ用の殺虫剤を買ってこよう。よく効くやつ。

まあとはいえ、そんなに滅多に出るものでもないかな? 大丈夫だと思おう。


そんなことを考えてた、その瞬間。


ーーカササササササ‼︎

さっそくゴキが、出た。


「ひゃぁぁ‼︎」

私は驚いて大声をあげ、バランスを崩して、壁に寄せておいた段ボールに背中から突撃してしまった。


すると。


ーーベリ。


ベリベリバリバリバーン‼︎


…….今までの人生の中で聞いたことのないような音が部屋中に響き渡り、背中から倒れた私は、仰向けに転んだ状態となった。


…….仰向けに転んだのはいいんだけど。

状況の判断は、意外に早く出来た。


「……大丈夫ですか?」

仰向けに倒れたままの私に、見知らぬ男性が頭上からそう声をかけてくれた。

……壁際に寄せていた段ボールに私が全体重をかけてしまい、まさかの展開、段ボールは壁を突き破って隣の部屋に突撃した。


そう。私の部屋と隣人さんの部屋を隔てていた壁に、大きな穴を開けてしまった……。



しかも、その隣人さんは。


「昼間の……」

昼間、会社の近くで会った、肌の綺麗なあの男性だった。
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