となりの専務さん



ーー……

オフィスの廊下をゆっくりと歩く。


心臓がドキドキして、少し苦しい。


商品企画部の入り口の前で、私は深呼吸した。


「すぅ、はあ……」


――大丈夫、大丈夫……。

心の中でそう唱えながら、私はドアノブを回し、ゆっくりと中へと入っていったーー……。



「広香!」

真っ先に声をあげたのは、大樹くんだった。


「どうしたの、



かわいいじゃん!」


大樹くんはそう言って私に駆け寄ってくれた。


……みんなからの反応が怖いなと思っていたから、大樹くんにこうして『かわいい』って言ってもらえたことに、少し、いやかなり安心した。


……私は、”十パーセントの勇気”を出してみた。九十パーセントの勇気をくれた専務と、コスメチアの化粧品と、そして……自分のために。



「おはようござ……」

あいさつと共に出社してきた月野さんと鹿野さんが、私の姿を見て言葉を詰まらせた。


「おはようございまーす」

「おは……」

大樹くんに続いて私もあいさつしようとするけど、緊張して、声が震えて、掠れた。


だけど。


一瞬目を閉じて、心を落ち着かせようとする。
目を閉じると、昨日何度か見ることのできた、専務のほほえみが目に浮かぶようで。


不思議と、また勇気がわいた。



「……おはようございます!」

笑顔であいさつを返すことのできた私に、月野さんも鹿野さんも、徐々にではあるけどまた自然と接してくれるようになった。




そして。



「お疲れさまです」


係長のおつかいで、別の部署に書類を届けにいく途中のエレベーターの中で、たまたま専務といっしょになった。
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