となりの専務さん
『ところで……』

電話の向こうで、お姉ちゃんがなぜか突然声色を一変、妙に楽しそうな声で言った。



『あんた、好きな人はいないの?』

「んなっ!」

急なそんな質問に驚いた。


「なっ、なんでそんな……!」

動揺しながらそんな返事をしつつ……私の頭には……


……専務の顔が浮かんでいた……。


『なに? いるの?』

「い、いないよそんな人っ」

……服を選んでいただいたこと、メイクをしていただいたこと……結婚しようって言われたこと……マシュマロ……エレベーターでのキス……。本当は、いろいろ思い出していた……。
専務には、いろいろなことをしていただいた。勇気をもらったし、おかげで前を向くことができた。
……でも、きっとそれだけではなくて……。
いろいろ思い出すとこんなに胸がドキドキするのは、きっとそれだけではなくて……。


でも、お姉ちゃんに心配をかけないために、壁の穴のことはどうしても隠していたい。
そうなると専務とのいろいろな出来事も隠すことになるので、私はお姉ちゃんに「好きな人はいない」と言い張った。
けど。


『……動揺してる。絶対いるでしょ』

「い、いないってば」

『あ、そういえば大学時代の元カレと再会したってこの前言ってたじゃん? もしやその彼とまた火が点いたとか?』

「それは絶対ないです」

もちろん、大樹くんもいい人だけどね。
……結局、大樹くんは月野さんたちと私のことにやっぱり気づいてたみたいで、今日の仕事終わりに「よかったな」と突然言われた。
それしか言われなかったから最初はなんのことかと思ったけど、どう考えても月野さんたちとまたそれなりに話せるようになったことについてだろう。
全部気づいていて、そのうえで心配してくれてたんだなと感じた。

だから、大樹くんはやっぱりいい人。
でも……専務には対しては、やっぱりただ『いい人』ってだけじゃない気がする。


……やっぱ、ドキドキするの。
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