お帰り、僕のフェアリー
「そろそろ、夕食の準備を始める時間だね。由未、今日はどうする?」

普段は、通いの家政婦さんが掃除・洗濯・夕食準備をしてくれるが、土日と学休期間は頼んでいない。
僕も由未も、親のおかげで何不自由なく育ったので、こうして機会を作らないと何もできないままだろうと、敢えて家事に取り組む日を作っている。

この春休み、毎日の家事に辟易している由未は、
「え~。静稀さんも一緒に食べに行こう~。」
と、静稀をダシに料理から逃れようとしている。

「ダメだよ。由未と違って、静稀は忙しいの!無理して付き合わすんじゃないよ。」

由未は僕ではなく、静稀に矛先を向ける。
「静稀さん、今日の予定は?図書館のあと、どうするつもりでした?」

我に返った静稀が、取り繕った笑顔で由未に向き合う。
「え~と、今日は夜まで図書館でアラゴンを勉強する予定だったけど。」

「夕食は?寮で?」

「外で適当に食べて帰ろうかな、と。」
静稀がちらりと僕を見た。
その目が、まだ帰りたくない、と言っていた。

あ~、もう。
ワガママなお姫様2人に振り回されてる気がする。

「わかったよ。それじゃ由未は適当にお店を選んで予約入れて。それまで、静稀は僕とアラゴンのお勉強。由未、19時出発だよ。じゃ、書斎へ行こうか。」

「はい!」
静稀がアラゴンを胸に抱えて、ぱたぱたとスリッパを鳴らして付いてくる。

……もし僕が由未の兄の義人なら、夕食前に静稀を食べてしまうところだよ、まったく。


それから、3時間。
僕と静稀は、書斎で真面目なアラゴン学習に励んだ。
静稀は、アラゴンについての日本語の書籍を読んでいたし、エルザ・トリオレの『幻の薔薇』も映画を観ていた。
つまり背景は理解しているし、フランス語の基礎もある。
辞書の引き方も的確だ。
怪しいのは、本人が言ってた通り、会話つまり発音と聞き取りらしい。
静稀が大まかな意味を辞書を引きながら自分で取り、僕が発音しつつ語尾の変化や内容の補足をする。
そんな風に『エルザの瞳』を読み進め、共に詩の世界を味わう。

「それにしても、詳しいんですね。」
2つめの詩を読み終えた時、静稀が感嘆してそう言った。

「小さい頃から、詩が好きでね。今、大学の専攻はフランス文学なんだけど、当然卒論もフランスの詩にするつもりだよ。フランスの伯父には、学問じゃなく趣味でしかない、って揶揄されてるけどね。」

「伯父さまは、詩がお嫌いなんですか?」

「いや……伯父は、僕を事業の後継者にしたいと昔から言っててね。詩よりそっちの勉強をしてほしいんだよ。」
僕の口調が少し苦々しかったのを察知したのだろう、静稀はそれ以上聞かなかった。
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