お帰り、僕のフェアリー
僕は慌てて、静稀を抱き締めた。

「ごめんっ!」

僕がそう叫ぶのと同時に静稀は、わ~ん!と、盛大に慟哭した。

僕は、オロオロして、静稀の背中をなでる。
「静稀。ごめん。静稀。泣かないで。ごめんね。ごめんね。」

何度も謝りながら、僕は静稀の涙が止まるのを待つ。

結局こうなるんだ。
余計なことしなきゃよかった。
一番大事な静稀を傷つけておいて、過去の精算もなにも!

今の僕にとって静稀を守ることが最優先なのに、自ら静稀を傷つけてしまった。
僕は、自分の愚かさを痛感した。

しかし、静稀のがようやく重い口を開いた時、出た言葉は僕の恐れとは見当違いのものだった。
「……私、渚さんに負けちゃった……くやしい……どうして?舞台、私のほうが評価高かったのに……どうして……」

僕は、全身からどっと力が抜けるのを感じた。
乾いた笑いがこみあげてくる。
……なんだ……ばれてたわけじゃなかったんだ……。

そりゃそうだよな、と、冷静な僕が納得する。
そして滑稽な自分の慌てっぷりを嘲笑する僕もいる。

僕は、大きく息を吐き出してから、静稀をなだめるべく言葉を尽くした。
卑怯な僕が、したり顔で僕の中に住みついたのを感じながら。

「配役、渚さんのほうがよかったの?じゃあ、彼女は正二番手になったんだろね。静稀は、もちろん上手かったよ。渚さんよりも。……だから、渚さんもこれから苦しいだろうね。」

そう言うと、静稀は不思議そうに僕を見た。

「静稀は今まで、役替りを繰り返して、その全てで上級生より輝いて、番手を上げてきたよね。でも、この先は、人気や実力だけでは足りないんだよ。逆に、渚さんには強いスポンサーがいるんだろ?劇団は必ず渚さんをトップにしなければいけないんだよ。大人の事情でね。」

「……じゃ、私は?この先もずっと渚さんには勝てないの?」

静稀が、おじいさまの存在を明らかにして、より強力な後援者を募ることは、実は簡単なことだと思う。
今なら、僕も役に立てるかもしれない。
義人に頼んでもいい。
でも……。

「渚さんと同じ土俵に立っちゃダメだ。静稀はお金でトップを買っちゃいけない。そもそも、静稀は渚さんより学年も下じゃないか。劇団は、榊高遠くんは渚さんの次でいいと思ってるんじゃないかい?」

あるいは、組替えの可能性もある。
「渚さんが二番手、静稀が三番手。今のトップさんが退団されるまでこの体勢は固定されたと考えるべきだろう。でもね、明らかに静稀のほうが上手くて目立つんだよ。渚さんはこれからすごくつらいと思う。」

僕は、静稀の頭を撫でながら続けた。
「静稀は舞台でずっと勝ち続けてやればいい。そうすれば結果はおのずとついてくるよ。……それにしても……」

静稀が勝ち負けを気にしてるとは思ってなかったよ。
他人との比較より自分の研鑽を主としてると思ってた。

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