お帰り、僕のフェアリー
「静稀、負けず嫌いなんだね。知らなかったよ。」
僕は静稀の髪をくしゃくしゃにした。

静稀は慌てて、髪を整えてから、胸を張った。
「歌劇団は競争社会だもん!これだけ虐められてきたら、少しは強くなるよ。負けるもんか!って、いつも我慢してるの。でも、セルジュがいないと、つらさ倍増で、苦しかった~。」

僕は静稀を抱きしめて、耳元で囁いた。
「ごめんね、つらい時にそばにいられなかったね。いい子だね。静稀は本当によくがんばってるよ。でも僕の前では我慢しなくていいからね。かわいい静稀も、泣き虫な静稀も、負けず嫌いな静稀も、悪い静稀も、全部愛してる。」

……だから卑怯な僕も許してください!……心の中で僕は静稀に詫びてお願いした。



夏が終わった。
静稀は正三番手の舞台を楽々こなし、二役しなくていいからか、歌もダンスも芝居も、より深めることができた。

僕は、はじめて、初日を静稀のお母さまとひろさんと観劇した。

……恒例の夕食会には、お仕事を早めに終えたお父さまと、わざわざおじいさまも東京から合流された。

ちょうどいいので結納の打合せをして、ついでにみなさんのサイズを詳細に計測させてもらった。
日本では、なんとなくモーニング・コートが正式な礼装のように思われていて、国会議員のおじいさまもモーニングを一張羅としてお持ちだ。
でもやはり夜の正装は燕尾服なので、おじいさまとお父さまにプレゼントしたい。
既に静稀には伯父から、黒燕尾のみならず白燕尾まで送られていることを考えても、頃合いだろう。
タキシードはダサいから嫌いだ……と思うのは、僕はアメリカ文化を受け入れない古いフランス人気質が強いからだな……ま、嫌いなものを家族に勧める必要もないし。

静稀の東京公演の千秋楽の前日、フランスから伯父がやってきた。

成田に迎えに行くと、伯父が僕を見て目を潤ませた。
「Thierry(ティエリー)?どうしたの?」
伯父の荷物を引き受けるが、このまま成田エクスプレスに向かっていいものか、僕は戸惑った。

話がある、と、伯父は目を真っ赤にして言った。
僕は、すぐにCatherine(カトリーヌ)とのことだとわかった。

あの夜のことは、やはり軽率だった。
おじいさまとおばあさまの家で事に至ったんだ……そりゃすぐにバレるだろう。
まさか、Alain(アラン)とカトリーヌが別れてしまったとか?

生きた心地がしないまま、ホテルへ直行した。
ずっと伯父は、僕の肩を抱いていた。
……自覚はなかったのだが、後で伯父に聞いたところ、僕は顔色を変えて震えていたらしい。
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