お帰り、僕のフェアリー
僕がいつも長期滞在してる老舗の一流ホテルで伯父のチェックインをして、部屋へと上がる。
伯父のためにインペリアルフロアの部屋を頼んだらスイートにアップグレードしてくれたというのに、しつらいも家具も全く目に入ってこない。
ウェルカムドリンクにさえ手を付けず、僕らはソファに並んで腰かけた。

「それで……話って?」
僕は両の拳を膝の上で握りしめて、口火を切った。

伯父は、瞳を潤ませた。
「君を責めるために来たんじゃない。せっかくお祝いに来たのに、すまないね。でもセルジュに伝えないわけにはいかないから、報告しておくよ。」

伯父の瞳から涙がしたたり落ちた。
「カトリーヌが流産した。」

僕は思ってもみなかった言葉に、慄(おのの)いた。
ぐっと吐き気がこみ上げてくる。
慌てて浴室へ逃げ込み、吐いた。
僕の子?
あの時、新しい命が生まれて……死んだ?

現実感を伴わない思考がぐるぐる回る。
激しい頭痛がする。

痛みを伴ったまま、僕は部屋へ戻り、伯父の膝元に座り込んだ。
「カトリーヌは?彼女の体は大丈夫?」

伯父は僕の青白い頬に温かい手を当てた。
「もともとカトリーヌの体は、昔の悪行のせいで、ボロボロなんだ。次に妊娠した時は安定期になるまで病院に缶詰だと言われたよ。」

「次があるんだね?大丈夫なんだね?よかった……」
僕は目を閉じた……そうしないと涙が落ちそうだった。

しばらくして涙が引っ込んでから、僕は目を開けて、伯父を見つめた。
「ティエリー、僕は、」

「セルジュ。わかってる。何も言わなくてもいい。全部聞いてるから。カトリーヌはまだAlain(アラン)とそういう関係じゃないんだ。アランは何も知らない。私達3人と神様の秘密にしよう。」
僕の言葉を遮って、伯父は一気にそう言った。

「じゃ、やっぱり、僕の……」
僕は再び目を閉じる。

「すまない。僕の軽率な衝動で、カトリーヌを傷つけてしまった。本当に、ごめんなさい。」

何も言うな、と言われても、言わないわけにはいかなかった。

伯父は、僕を抱きしめた。
「セルジュ、私はね、カトリーヌが君の子を宿したと聞いて、喜んでしまったんだよ……アランには何の不満もない、むしろ感謝しきれないぐらいなのに。罪の深さは私も同じだ。」

「ティエリー……。」
僕はそれ以上何も言えなくなった。

伯父の愛情が、それでも僕を包み込んでくれる。
罪を犯した僕を。

「全ては神の思し召しなんだよ、セルジュ。カトリーヌにはアラン、セルジュには静稀。どんなに足掻いても無理に歪めても形にはならない。カトリーヌから君に謝罪を託(ことづか)ったよ。騙してごめん、って。」

僕は首を振った。

ばちが当たったんだ。
思い上がって、カトリーヌを傷つけて、愛情のない肉欲だけの行為に溺れた報いだ。

なのにまた、カトリーヌだけを傷つけてしまったんだ。
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