お帰り、僕のフェアリー
伯父から離れ、俯き、両手で頭を抱えて自分を責める僕に、伯父は言った。
「Catherine(カトリーヌ)も私も、この試練を乗り越えられると信じている。この世に生まれられなかった子は神の御許(みもと)で幸せにしていただけるだろう。私達は、そのことをずっと忘れず、神に感謝し続けなければいけない。そしてその子の分まで、静稀と、次に生まれてくる子を大事にするんだよ。それが君の償いだ。」

その夜、僕らはホテルのチャペルに籠った。
結婚式用の教会だが、平日の夜はさすがに空いていたので、僕らは納得いくまで神に許しを請い、祈りと感謝を捧げた。

……正直、僕は日本に住んでから教会へ通う習慣をすっかり失っていた……まあ、通っていた高校はキリスト教系だったが。

本当は今夜は伯父と静稀を会わせるつもりだったが、伯父に別の用事が入ったと静稀には遠慮してもらった。

「ゆっくりおやすみ、セルジュ。明日は笑顔で会おう。」
伯父の部屋から出る時、伯父は僕にそう言って微笑んだ。

僕は自分の部屋に帰ってから、再び吐いた。
あれから何も食べていないので、胃液しか出ない。
それでも吐き気がおさまらなかった。

僕の子。
僕とカトリーヌの子。

……どうしてこんなことになってしまったんだろう。
あの幸せだった子供の頃、ただ夢中で愛し合ったあの頃の想いはどこへ消えてしまったんだろう。
とっくに離れた二人の運命が、こんなにも無残な形でまた絡み合うなんて。

僕とカトリーヌは一生重い十字架を背負って生きる共犯者になってしまった。

忘れてはいけない。
二人の罪を。
僕の罪を。


翌朝、伯父と朝食をとった。
我ながらひどい顔をしていたが、伯父は何も言わず、静稀の千秋楽の話に終始した。
プログラムを見ながら、フランス語で伯父にあらすじやみどころを説明した。
せっかくのビュッフェだが今日の僕にはのどが通らなかった。

千秋楽の公演を、僕らはSS席で観劇した。
……さすが石井さん……伯父がタダモノでないことを見抜き、わざわざ挨拶に来てくれた。
伯父の名前はわざと明かさなかったが、榊高遠くんのお茶会の服は全て伯父が作ってくれてることを説明しておいた。

伯父ははじめて観る少女歌劇に目を丸くしていた。
しかし、美しいものを美しいと思う心は万国共通だろう。

幕間(まくあい)に、伯父が不思議そうに尋ねたのが印象的だった。
「彼女らはどこに色気を置いてきてるんだい?」

僕は苦笑した。
「彼女らは妖精だから、色気はいらないんだよ。清く正しく美しく、だからね。」

それを聞いて、伯父はうなずいた。
「なるほど。セルジュと静稀は心が似てるんだね。ジョルジュ・サンド的だ。揶揄してるわけじゃないよ。素晴らしいことだと思うよ。」

僕は、少し苦々しく感じた。
確かに僕も静稀も歌劇団も理想主義かもしれない。

でも伯父は言外に、僕と静稀はお似合いだけど、僕とカトリーヌは相容れない、と言ってるような気がした。
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