お帰り、僕のフェアリー

フェアリー孵化

翌日早朝、僕はけたたましいドアチャイムの音で目を覚ました。
時計を見ると、７時過ぎだ。

……こんな時間に来客？

仕方なく、薄手のローブを羽織り、部屋を出て、玄関のドアを開ける。
大きな赤い薔薇の花束を抱えた竹原義人だった。

「おはよう！セ～ルジュ！おめでとう！彼女ができたって！？」
朝っぱらから大きな声で、はしゃぐ義人。
ノリがいいというか、やかましいというか、よく似た兄妹だよ。

「おはよう。早過ぎだろ。早速由未から報告がいってるわけだね。でも義人の考えるような関係じゃないよ。」
まだ、という言葉を飲み込んだ僕。
しかしその薔薇は、何だ？

「これ？もちろんお祝いや。噂のジェンヌに。」
義人は薔薇の花束を、まるで歌劇団がレビューのフィナーレで使う「シャンシャン」と呼ばれる小道具のように、上へ掲げてから下ろしてお辞儀をした。
道化ているのに、義人がすると、貴公子の挨拶のようだ。　

「静稀ならここには来週まで来ないよ。」
てか、こいつは、僕が静稀をここに泊めたと思ってたのか？
心外だな。

憮然とする僕とは対照的に、義人はニコニコ上機嫌だ。
「ここがダメなら、歌劇団のお稽古場入り口で待てば会えるし。今日の研1の入りは10時頃から。一緒にメシ食って、行くぞ。」

は？
マジか？

義人は、家に入ると、勝手に台所の冷蔵庫を物色し始める。
勝手知ったる親友殿に朝食の準備を任せて、僕は自室に戻り、身支度を整える。
ついでに、由未にもドア越しに声をかけて起きるよう促した。

食堂に降りると、義人による朝食がほぼ揃っていた。
厚切りトースト、スクランブルエッグ、キウイと苺、ヨーグルト。
最後にコーヒーサーバを持って、義人が台所からやってくる。

「さすがだね。同じようなメニューに由未なら30分以上はかけてるよ。」
相変わらずの手際の良さに、心から感嘆する。

義人は、何でもできてしまう、頭脳と器用さを兼ね備えた珍しい男だ。
容姿も、洗練された和風ないい男。
京都人らしく、外面（そとづら）もいい。
実際の性格は、まあ、屈折してる部分も多いが、基本的にはさっぱりとした奴だ。

「時間はかかっても、作れるようになってるなら、いいんや。ありがとうな、教えてやってくれて。」
サーブしたコーヒーに早速口をつけて、満足げに微笑む。
「美味いよ。香りもいいわ。」

最近出来たばかりの焙煎珈琲店の若いオーナーが実に勉強熱心でがんばっているので、彼に頼んで色々試しているところなのだが、今回のブレンドは確かに気に入っている。

「もう一種類あるから、食後にそれも試してみるといいよ。」
そう言いつつ、僕も薫り高いコーヒーを楽しむ。

トーストにかじり付きながら、義人が根掘り葉掘り聞いてきた。
「で？付き合うんやろ？ジェンヌはイロイロ大変やけど。」
「そんな俗っぽい言い方やめてくれよ。」
昨日も由未の「付き合う」という言葉に引っかかりを感じた僕は、より露骨な義人につい反発してしまう。

静稀との間に芽生えた奇跡のような恋が汚されるような気がしてくる。