お帰り、僕のフェアリー
「一緒に行く?」
Catherine(カトリーヌ)が悪戯っ子の顔で僕に問いかけたが、僕は頭(かぶり)を振った。
「Thierry(ティエリー)と待ってるよ。用事が済んだらすぐ帰ってこいよ。静稀を振り回して困らせるなよ。」

喜んで玄関へ向かおうとする女性2人を、僕は慌てて引きとめた。
「待って。タクシー呼ぶから。」

カトリーヌは顔をしかめた。
「いいわよ。駅まで坂を下りてくだけでしょ?帰りはタクシーに上がってもらうわ。静稀、行こう!」
「あ、はい。じゃ、セルジュ、行ってきます!」

カトリーヌに引っ張られる静稀に慌てて声をかける。
「静稀、気を付けてね。いってらっしゃい。」
静稀は、振り返って笑顔を見せてくれた。


しばらくしてマサコさんがいらっしゃった。
伯父を紹介して、早速紅茶を入れていただいた。
そうして、伯父と仕事の話をしていると、家の電話が鳴り響いた。

電話に出てくださったマサコさんが声を発しなくなる。

青ざめて、僕に受話器を渡してくださったマサコさんの手は、震えていた。

「もしもし?」

けたたましい機械のように、男性がわめいている。
何を言っているのか、最初、僕にはよくわからなかった。

……え?……事故?

静稀!
カトリーヌ!

僕の中に恐怖が蘇る。
足元からぐるんぐるんと空間がねじれて曲がりうねって回り出す。

とても立ってられず、僕は、ソファに崩れ落ちた。

伯父が慌てて、僕の手から受話器をもぎり取る。
英語で伯父が、電話の相手から事情を聞こうとしている。

マサコさんが僕を支え起こす。
「とにかく、参りましょう!病院です!お二人とも生きてらっしゃいます!」

……マサコさんの顔を見た僕は、はっと気付いた。

僕は、母と祖父母を交通事故で亡くした。
その、母の事故の第一報を聞いたのは今電話に出ている伯父で、祖父母の事故の時はマサコさんだったんだ。

事故に対する恐怖心は、3人とも共通のもの。
マサコさんはすぐにタクシーを呼び、出る準備をしてくれた。
電話を切った伯父は、青い顔で神に祈ったり、立ったり座ったり、うろうろ歩き回ったりしている。

到着したタクシーに、急いで乗り込む。
助手席に座ったマサコさんが、電話で聞いた病院名を告げた。

僕と伯父は、祈るように、お互いの手をぎゅっと握りしめて、ただ前を見つめていた。

……僕の愛する人はみんな事故で死んでしまうんだろうか……

maman(ママン)
おじいさま
おばあさま

……お願いだ、静稀とカトリーヌを、つれていかないでくれ。
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