お帰り、僕のフェアリー
皮肉なことに、病院は、昨日結婚式を挙げた教会のすぐそばだった。

僕らは、救急病棟へ向かった。
処置室前の長椅子で、Catherine(カトリーヌ)がわーわー泣きじゃくって、看護師さんに宥められていた。

「カトリーヌ!」
伯父が、カトリーヌの名前を呼び近づくと、彼女は滝のように涙を流して伯父に突進した。

「papa(パパ)!静稀が!静稀が!ごめんなさい!私のせいなの!」
そう言うカトリーヌの左腕も、ぶら~んと、明らかに変なことになっていた。

マサコさんが看護師さんに話を聞いてくれる。
どうやら、歩道に車が突っ込んできたことに気付いた静稀がカトリーヌをかばって轢かれたらしい。
カトリーヌ自身も、たぶん左腕を脱臼と骨折してるのだが、静稀のほうが重傷だからと治療を受けようとしなかったそうだ。

……まったく、この従妹は、これだから憎めないんだ。
僕はこんな時なのに、ふっと笑った。

カトリーヌに近づき、伯父ごと彼女を抱きしめる。
「ばぁか。静稀はとっくに治療を受けてるんだろ。君も早くその腕、治してもらってこいよ。」

カトリーヌは右手で僕の腕にしがみついて、ボロボロと大粒の涙をこぼした。
「ごめんなさい……私……静稀が、私をかばって……」

「わかったから。君も重傷なんだから。ちゃんと治療してもらえよ。ほら、泣くなって。せっかくの美人が台無しだろ。」

カトリーヌは押し黙って僕を見つめると、また涙ながらに口を開いた。
「セルジュ……私、静稀がかわいくて……あなたを愛していて……私……こんな……」

事情はどうあれ、僕にはカトリーヌを責めることなんてできないんだ……昔から。
それにカトリーヌが静稀に好感を抱いたこともよくわかってる。
今は、ただ、カトリーヌがかわいそうだった。

「わかってる。静稀はああ見えて強くてしぶといから、信じて待とう。君も早く治療しておいで。そんな手じゃ、怖くてとても抱けないよ。」
僕がそう言うと、おもしろいぐらい、伯父とカトリーヌは同じ表情で同じ反応をした。
……彼らがどれだけ僕を愛してるかがよくわかって、やっぱりこんな時なのに、僕は笑えてしかたなかった。

僕は、カトリーヌの右手を取り背中をそっと押して、エスコートするように処置室へ連れていき、看護師さんに引き渡した。
「彼女は、フランス語とドイツ語と英語しか話せません。意志疎通は可能ですか?」

看護師さんは、こくこくとうなずいた。
「はい!あ、いえ!私はわかりません!でも、先生とは先ほど英語で話してらっしゃいましたので、とりあえずは大丈夫だと思います。最初はパニクってフランス語でしか話してくださらなかったので、落ち着かれるまで時間がかかったのですが……。」

「そうでしたか。お手数おかけいたしました。もし、通訳が必要でしたら呼んでください。同席します。」

「では、こちらでお待ちください。まずはレントゲンとCTを撮影してまいります。もうお一人は、そちらで手術中です。」
看護師さんのおっしゃった扉の上には「手術中」の赤いランプが点っていた。

静稀……。
死なないでくれ。
どうか。
神様。
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