お帰り、僕のフェアリー
僕はじっと突っ立って赤いランプを見つめ続けた。

何もできない僕に代わって、マサコさんが父に連絡を取り、静稀のご両親に事故を伝えてくれる。
警察や、書類にサインさせようとする病院の職員も来ていたが、その対応も全てマサコさんが当たってくれていた。

僕には何も聞こえず、赤いランプしか目に入らなくなっていた。

いったいどれぐらい時間が立ったのだろう。
赤いランプが消えて、手術室のドアが開くと、僕は膝から崩れ落ちてしまった。

伯父と父に支えられて、長椅子に座らせてもらう。
……いつの間にか、父や静稀の両親、そしておじいさまも到着していた。

手術を終えたドクターが神妙な顔で口を開く。
「手は尽くしましたが、非常に重篤な状態です。」

静稀のお母さまと、Catherine(カトリーヌ)の泣き声が響く。

「命が、危ないんですか?……頭を……打った?」
かすれた声で静稀のお父さまがドクターにそう聞いている。

ドクターは言いにくそうだ。
「頭部の打撲や損傷はありません。麻酔が切れれば意識も戻るでしょう。」

おじいさまが、ほうっと大きくため息をつかれた。

「背中側の左下部肋骨の骨折と、左腸骨骨折、左腎臓損傷。……あの、以前、右腎臓も傷めてらっしゃいますか?今回の事故ではダメージを受けてないのですが、全く機能していません。それから、大腸と肝臓も傷めてますがこちらは大丈夫でしょう。当面は、切迫流産で絶対安静ですが、透析も必要です。」

ドクターの言葉に、僕は思わず椅子から立ち上がり、また、がくっとバランスを崩して片膝をついてしまった。

「切迫流産?」

静稀は、妊娠していたのか?
全く気づかなかった……。
いつから……。

「腎臓は、以前階段から落ちて肋骨を骨折した時に傷めたと聞いています。しばらく血尿が続いたようですが、治癒したと思い込んでいました。透析、ですか……。」
いつも冷静なお父さまが、最後は絶句してしまわれた。

人工透析が必要なのか。
みんな一様に暗く沈み込んで口をつぐんでしまった。

そんな中、静稀をのせたストレッチャーが手術室を出てきた。

しずき……。

顔色は真っ青だったが、確かに頭部に外傷はないようだ。

「生きて……よかった……よかった……」
僕は、酸素マスクのゴムバンドの食い込みが痛々しい静稀の頬に手をあてて、声をあげて泣いた。

生きている。
それだけで、いい。

流産しても、静稀が生きてればいい。
腎臓がダメになったというなら、僕の腎臓をあげる。

僕の涙がポタポタと静稀の顔に降り注ぎ、静稀は不快そうに目を開けた。
「静稀……よかった……僕だよ、わかる?」

静稀は、口を開くのもおっくうそうだったが
「セルジュ……」
と僕を呼んで、また、目を閉じた。

静稀の声を聞いて、また、僕は泣いた。

ありがとうございます、神様。

おかえり……静稀……。
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