お帰り、僕のフェアリー
静稀をのせたストレッチャーはICUに運ばれた。
僕らはマスクとヘアキャップを装着して、両手を消毒すれば、ICUに入れてもらえた。

僕はずっと静稀の額や髪を撫でて、声をかけ続けた。
静稀は、眠っては、うっすら目を開けて、また眠って……を繰り返した。

最初は僕の名前しか言ってなかったが、次第に事故のことを思い出したのか、Catherine(カトリーヌ)を探して呼んだ。

左腕をがっちりとギプスで固定したカトリーヌが静稀の前に出てきて覗き込む。
「ごめんなさい。静稀。私のために……ごめんなさい。」

泣きじゃくるカトリーヌに、静稀が悲しそうな顔をする。
「カトリーヌ……ごめんなさい……結局ひどい怪我させちゃったね……」

感極まって、静稀のお母さまが嗚咽された。

「静稀。ひどい怪我は君だよ。それに、ずるいよ。内緒にしてるなんて。赤ちゃんも、ちゃんと踏みとどまって生きてるよ。君に似て、しぶといね。」
僕はそう言いながら静稀の額に口づけた。

静稀はまた目を閉じて、しばらくして、カッ!と目を見開いた。
「赤ちゃんって言った?誰?どこ?」

静稀……君、まさか……

「知らなかったの?」

静稀は、すっかり目が覚めたようで、ぶんぶんと首を縦にふった。

「妊娠10週目みたいだよ。ただし、切迫流産。当分、入院して寝たきり生活を送ってもらうからね。」

じわ~~~っと、静稀の両目に涙が浮かぶ。
「うれしい……やっと……ひとりめ……。あと、2人?3人?」

「こんな時に、この子は……」
静稀のお母さまが絶句して呆れる。

「あと2人よ。1人は必ず私が産むから。安心して。もし静稀がかまわないなら私がもう1人請け負ってもいいけど。」
カトリーヌの涙ながらの言葉に微妙なひっかかりを感じるけど、静稀は何だかうれしそうだ。

「セルジュ……お願いがあるの……」
静稀が僕にそう言ってきたけど、

「ん?またあとでいいよ。とにかく今はゆっくり休んで。」
と、つい逃げ腰になってしまった。

「ううん、大事なことだから、聞いてほしい。もし容体急変して私が死んでしまったら、伝えられないでしょ?」
目をらんらんと輝やかせて、静稀がそう言う……生命力に溢れたその目で言われても、説得力ないって。

僕がカトリーヌをじろりと見ると、カトリーヌは慌てて後ずさりして、伯父の背中の後ろに隠れた。
……静稀に僕の精子提供を頼んだのか。

「静稀。カトリーヌに何を頼まれたかはわかってるけどね、落ち着いてからにしよう。君の体のほうが心配だ。腎臓の話も。」

静稀は、きょとんとしてる。
「腎臓……また、腎臓?」

「ああ。また腎臓を傷めてしまって、もう、君の腎臓は機能していないらしい。」

「……透析?……出産、大変になっちゃうねえ……」

静稀はぼんやりとそう言って、目を閉じてしまった。

現実逃避するかのように、眠りに落ちた静稀。
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