お帰り、僕のフェアリー
静稀にとって、赤ちゃんを産むことがどれだけ大事なことなのか、今更ながら知った。

お母さまは、静稀にプレッシャーを与えてしまっていたことを知り、ご自分を責めて泣いておられた。

僕は、正直なところ、子供なんてどうでもよかった。
静稀がいればそれでいい。
でも、今、それを伝えることはできなかった。

静稀は既に、自分よりも、子供を守ろうとしている。
既に、母親になろうとしていた。

事故の三日後から静稀は人工透析を受けることになった。

かわいそうに、透析の後はひどい低血圧で動けなくなるようだ。
青白い顔で、それでも、静稀は赤ちゃんの無事ばかりを祈り、絶対安静を貫いていた。

おじいさまとお父さま、僕の父は翌日帰り、伯父も数日後に帰国した。
静稀のそばには、僕とCatherine(カトリーヌ)とお母さまがついていた。

……交通事故の加害者は、亡くなられたそうだ。
まだ若いお嬢さんだったらしく、静稀はそれを聞いて涙を流した。

自分だったら、絶対に相手を許せないし、相手のために泣くなんて考えられない。
カトリーヌはそう驚いていたが、僕も同感だ。

でも、それが静稀なんだ。
だから、カトリーヌに僕の精子を提供しろ、なんて言えるんだろう。
あまりにも、らしくって、笑ってしまう。
カトリーヌはそんな静稀をますます気に入ったらしく、自分も左腕が不自由なのに献身的に世話をしていた。

一週間後、静稀は一般病棟に移動した。
泌尿器科、人工透析科、産婦人科、形成外科……どれもお世話になるが、今回は産婦人科の病棟に入れていただいた。
産婦人科は、全体的にピンクな空気で、食事も豪華だ。
周囲の雰囲気につられて、静稀は、新生児室を覗いてはニコニコしていた。
週3回の透析の後は、ぐったりしてつらそうだったが。

一ヶ月が過ぎて、カトリーヌはギプスをはずしてもらえた。
静稀の骨折もよくなったらしい。
容体が落ち着いたので、静稀のお母さまも帰郷されることになった。

ずっと静稀を見守ってきたお母さまは、一大決心をされていた。
静稀が無事出産を終えたら、お母さまの腎臓を提供する、と。
もちろん僕もそのつもりだったので、お母さまをお止めした。
しかし、移植した腎臓がずっと機能し続ける保証はない。
……いずれまた透析に戻る日が来るかもしれない。
それならば、お母さまの腎臓が機能しなくなった時のために、僕の腎臓は温残しておいてほしい、と言われた。
そうすれば、静稀は2度めの腎臓移植を受けられる。

お母さまの考えは、お父さまにもおじいさまにも支持されたので、時期をみて、実行されることになるだろう。
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