お帰り、僕のフェアリー
僕はため息をついた。

「君には一生かなわないよ、Catherine(カトリーヌ)。結婚はできなかったが、やっぱり君は僕にとってFemme fatale(運命の人)だ。良くも悪くもね。」

白旗を揚げた僕に、カトリーヌは少し悲しそうに言った。
「私にとっても、あなたは永遠よ。でも、従兄で同じ会社の役員で、子供の父親。それ以上は諦めるわ。静稀のために。」

それはカトリーヌの嘘偽らざる本音だった。
僕にとっては肉欲の行為でも、カトリーヌにとっては生殖行為と捉えているのは間違いなかった。
カトリーヌは以前のように泣くこともなく、快楽に溺れているようでいて、精子がこぼれ落ちる体位は嫌がった。
カトリーヌが言うには、人工授精よりもタイミング法のほうが妊娠できる可能性が高いんだそうだ。
そして、排卵日のみの妊娠率は13%、週に2回以上致した1年間の妊娠率は60%以上。
男の性的興奮が高さは精子の量に比例するし、女性はオルガスムスの膣収縮で精子を卵子に運びやすくする。
もっと言うと、女性は発情すると、日にちに関係なく排卵することもあるらしい。
確かに、カトリーヌにとって僕は打ってつけなわけだ。

静稀のお腹が目に見えて大きくなりはじめたころ、カトリーヌは妊娠に成功した。
僕は優秀な種馬と認定された(苦笑)。

しばらくして、Alain(アラン)がカトリーヌを迎えにきた。
……良心の呵責を感じなかったとは言えない。
でも、真実を告げることはこの場合自己満足に過ぎないので、僕はあくまで、人工授精の精子提供者を貫いた。

2人がフランスに帰ると、僕と静稀は病室で夫婦水入らずとなった。
カトリーヌは、確かに静稀にとっては前向きに楽しくしてくれる太陽のような存在だったらしい。
あんなに幸せそうに母という存在に近づいていた静稀が、以前のように僕に甘えて依存する子に戻ってしまった。

「カトリーヌとセルジュって仲のいい兄妹みたいで、楽しかったの。ずっと一緒にいたかったなあ。」
僕の肩にべったりもたれながら、静稀が夢見るようにそう言った。

「まあ……実際、兄妹のように一緒に育ったから。そんなにカトリーヌが気に入ったなら、静稀が元気になったら、フランスに移住するかい?」
僕は言葉を選びながら返事する。

「うん。カトリーヌの赤ちゃんと私達の赤ちゃんも、カトリーヌとセルジュみたいに育つと、素敵ね。」

……内心僕は、勘弁してくれ!と逃げたかった。
僕らは従兄妹(いとこ)だから愛し合うこともできたが……異母兄(姉?)弟(妹?)は、ダメだって。

「でも、カトリーヌとアランの間の空気も、素敵。あのカトリーヌがね、ただの小さな女の子のようになるの。無邪気でかわいい天使のような。」

「ふうん?僕にはアランのほうが天使のように感じるけど……」

そう言ってから、僕はやっと気づいた。
どうしようもなくエゴイストな僕が天使のような静稀のそばにいると優しい聖人になれるように、カトリーヌはアランという天使のそばでなら、悪女から無垢な少女に戻れるのか。
なんだ、そういうことか。

僕は、今更のように伯父の言葉を思い出した。
カトリーヌにはアラン、僕には静稀。

僕らが、なりたい自分でいさせてくれる相手と結婚できた奇跡を、僕は改めて神に感謝した。
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