お帰り、僕のフェアリー
どれぐらい時間がたったのだろうか。
もう時間の感覚もわからない。
真っ暗闇の中にたった一人で取り残されている……僕は孤独だった。

静稀の命が消えるかもしれないのに、何もできない、そばにすらいられない。
苦しい。

彼女が助かるのなら、僕の血でも腎臓でも全てあげる。
僕の命さえ、差し出してもいい。
……そうだ、そのほうがいい。

まだ見ぬ我が子だって、僕より静稀に育てられたほうが、どれだけ幸せだろう。

僕は祈り続けた。
静稀を返してください。
僕はどうなってもいいから。

……こんな祈りは、神様は聞いてくださらない……わかっていてもそう祈らずにはいられなかった。
願いを叶えてくれるなら、僕は悪魔にでも魂を売っただろう。

どうしても、静稀に生きてほしかった。


漸く静稀の容体が落ち着いたらしい。
ドクターからの許可をもらい、僕は分娩室に入れてもらい、静稀のそばへと歩み寄った。
蝋人形のように、青白い静稀。

「出血量は8リットルを超えました。輸血は合計4リットル。目が覚められても極度の貧血でつらいでしょうが、ひとまずは、命の危険を脱したと言っていいと思います。」

微妙な言い回しながら、大量出血による死亡だけは避けられたことが、わかった。

「ありがとうございます。」
僕はドクターにお礼を言って、静稀の手や頬に触れた。

ひやりと冷たい体に、僕は背筋に震えを感じた。
まだ静稀は死に神の手から逃れられてない。

「しずき……目を開けて……赤ちゃんは、ちゃんと生まれたよ……男の子だよ……」
僕の目から涙がボロボロとこぼれ落ちる。

「まだ僕は会ってないんだ。君と一緒に、会いに行きたい。君も、早く会いたいだろ?」

なぜだろう、静稀が身近に感じられない。
そこに眠っているのに、もういないような、そんな気がして仕方がない。
僕には霊感なんて全くないし、幽霊も魂も信じてすらない。
なのに、静稀は、ストレッチャーに横たわったその体にいないような、そんな不思議な感覚だった。

「静稀?どこ?戻っておいで。」
僕は静稀の口元に手をやり、気づいた。

……静稀は呼吸をしていなかった。

「呼吸してませんっ!!」
慌てて、僕はドクターと看護士に訴える。

心電図は、安定はしてないものの、さざなみのように動いているのに。

ドクターが慌てて、静稀の気道を確保して、アンビューバックで空気を送り込む。

呼吸を取り戻した静稀は、今度は、上下に大きく痙攣する。

「静稀!!静稀!!静稀!!」

僕は静稀の名前を呼び続けた。

行くな!
僕を置いて、赤ちゃんを置いて、独りで行くな!
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