お帰り、僕のフェアリー
まだチューブを口に入れられた痛々しい我が子だが、なるほど、確かに僕の胸に抱かれて安心しているらしいことが伝わってきた。
未熟児の成育に効果的らしく、僕は毎日の面会時にこのカンガルーケアをするように勧められた。

そう何日も休めないお父さまが帰宅される時、子供の名前について問われた。
僕は、正直に困っていることを告げた。
静稀は、冗談めかしてはいたが、男の子だったら「高遠(たかとお)」と付けたいようだった……言うまでもなく、静稀の歌劇団での芸名だ。
本当にそれでいいのだろうか?

すると、お父さまとお母さまは、顔を見合わせてうなずき合ってから、話してくださった。
「高遠」という芸名は、今は亡き静稀のおばあさまが勧めてくださった名なんだそうだ。
……もし静稀自身が男の子に生まれたら、「高遠」にする予定だったらしい。
高く遠く飛翔してほしい、という願いを込めて。

「わかりました。では、高遠、と名付けます。」
僕はそう約束して、お父さまとお母さまを見送った。


翌日からも、僕は1日30分間、高遠を胸に抱いた。
数日後、僕が抱っこをしてる間は、呼吸器のチューブを抜いてもらえるようになった。
僕の心臓の音を体中で感じて、高遠は規則正しい呼吸をできるように、練習するらしい。

高遠は、日一日、成長しているようだ。
僕は高遠がかわいくてかわいくてたまらなかった。
この小さな命を守りたい、と心から思った。

……そして、早く静稀に抱かせてあげたい、と。


静稀は、まだ、よくわからなかった。
相変わらず、意思疎通はできない。
僕が触れても、話しかけても、抱きしめても、静稀に反応はなかった。

ただ、口づけて舌を入れると、少し反応がある気がした。

ICUから一般病棟の個室に移動したところで、僕はこっそり静稀の身体を開いて性的刺激を与えてみた。
静稀の身体は確かに反応した。
そして、はじめて、僕を見てくれた。

「静稀……僕がわかる?」

静稀はそれには答えず、小さく歌を歌っていた。
明るい歌だった。

このことがきっかけになったらしく、静稀は僕の存在を認識してくれるようになったらしい。
僕は、もっと静稀と仲良くなりたくて、静稀をいっぱい悦ばせようと試みた。
とは言っても、尿道カテーテルもあるし、たいしたことはできないが、体中を撫で、くすぐった。

結果、静稀は僕と一緒にいる時だけ、表情が出てきた。
……甘えてるのかもしれない。

おもしろいことに、僕が触り続けてるからか、静稀から母乳が出るようになった。

すると、また少し静稀に自我が芽生えたらしい。
静稀は、看護師さんに搾乳器で母乳を取られることを嫌がるようになった。

僕が取る分には、嫌がることもなく、僕の顔や身体をぺたぺたと触っては笑顔になっていたので、これも僕の仕事になった。

僕は、静稀の母乳を絞り、だいぶ僕になれた高遠を胸に抱いて、少しずつ飲ませることを覚えさせはじめた。
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