お帰り、僕のフェアリー
理事長始め、お偉いさんの挨拶の後、各年代の代表のようなOGスターが舞台に登場する。
お一人お一人のお名前とご活躍を簡単に紹介され、最後に司会の美しい娘役だったOGが涙ぐんで仰った。
「みなさま、お聞き及びのことと存じますが、7年前に卒業致しました元花組トップスターの榊高遠さんが結婚式の翌日、交通事故に遭われました。」
隣で、びくっと高遠が反応した。
僕は高遠の小さな手を握って、安心させた。
「榊さんは、事故で腎臓を損傷され、人工透析を受けながらも、授かった命をこの世に産み出そうと力を尽くされましたが、出産の過酷さに透析が追いつかず、脳出血と呼吸困難を繰り返し何度も生死をさまよわれました。」
……小さな高遠を思いやってるはずの僕の目にも涙があふれ出す。
「事故から1年半後、榊さんはお母さまの腎臓移植を受けられて身体はお元気になられましたが、失った脳機能のリハビリは長く苦しいものだったそうです。ご家族の愛情で何年ものリハビリを乗り越えて、ようやく歌劇団のオファーを受けてくださり、榊高遠が帰ってきました。おかえりなさ~い!」
司会者の涙ながらの言葉に、会場からも「おかえりなさい」と、榊高遠くんの名前を呼ぶ声、大きな拍手が巻き起こる。
輝かしいスポットライトのなか、髪を伸ばした美しい静稀が登場した。
「ママ-!」
感極まってそう叫んだ高遠の口を慌てて押さえる。
時、既に遅し。
歌劇団の優秀な照明係は、高遠に、そして隣の僕にスポットをあてた。
僕は仕方なく、高遠を抱き上げ、二人で客席後方に向かってお辞儀をして、着席し直した。
舞台上では、静稀が、いや、榊高遠くんがハンドマイクを持ってご挨拶を始めた。
「みなさま……ありがとうございます。榊高遠でございます。え~……ようやく、戻って参りました。」
静稀はそこまで言って、涙を浮かべて、昔のように、客席の端から端までに目をやった。
「リハビリは確かに長く続きましたが、私は、つらくなると、無意識に歌劇団で慣れ親しんだ歌を歌って現実逃避していた、そうです。それすら、まったく覚えてないんですけどね。」
静稀は泣きながらも、晴れやかに笑った。
かつてのフェアリーは、妻となり、母となり、はかなさが消えた分、幸せに満たされていた。
静稀は、他のOGの先輩方と同席し、楽しいディスカッションに参加し、2部のショーでは1曲歌わせていただいた。
言葉の前に歌を思い出した静稀は、今なお美しい歌声を余すところなく披露した。
小さな高遠は、涙でぐじゅぐじゅになりながら、それでも笑顔で舞台の榊高遠くんを見つめていた。
よかった。
高遠に、静稀の晴れ姿を見せてやれて、本当によかった。
終演後、僕らは楽屋口で静稀を待った。
まるで、さよなら公演の出待ちのように、参集したファンのかたがたに迎えられ、静稀が出てくる。
静稀は深々と頭を下げ、ファンに見送られて、僕と高遠のところに戻ってきた。
「おかえり、静稀。」
「おかえり、ママ!」
「ただいま、さ、フランスに、帰ろう。」
静稀を真ん中に、僕らは3人で手をつなぎ、花の道を歩いた。
春の夜の風は、いつまでも僕らを温かく包み込んでいた。
~fin~
お一人お一人のお名前とご活躍を簡単に紹介され、最後に司会の美しい娘役だったOGが涙ぐんで仰った。
「みなさま、お聞き及びのことと存じますが、7年前に卒業致しました元花組トップスターの榊高遠さんが結婚式の翌日、交通事故に遭われました。」
隣で、びくっと高遠が反応した。
僕は高遠の小さな手を握って、安心させた。
「榊さんは、事故で腎臓を損傷され、人工透析を受けながらも、授かった命をこの世に産み出そうと力を尽くされましたが、出産の過酷さに透析が追いつかず、脳出血と呼吸困難を繰り返し何度も生死をさまよわれました。」
……小さな高遠を思いやってるはずの僕の目にも涙があふれ出す。
「事故から1年半後、榊さんはお母さまの腎臓移植を受けられて身体はお元気になられましたが、失った脳機能のリハビリは長く苦しいものだったそうです。ご家族の愛情で何年ものリハビリを乗り越えて、ようやく歌劇団のオファーを受けてくださり、榊高遠が帰ってきました。おかえりなさ~い!」
司会者の涙ながらの言葉に、会場からも「おかえりなさい」と、榊高遠くんの名前を呼ぶ声、大きな拍手が巻き起こる。
輝かしいスポットライトのなか、髪を伸ばした美しい静稀が登場した。
「ママ-!」
感極まってそう叫んだ高遠の口を慌てて押さえる。
時、既に遅し。
歌劇団の優秀な照明係は、高遠に、そして隣の僕にスポットをあてた。
僕は仕方なく、高遠を抱き上げ、二人で客席後方に向かってお辞儀をして、着席し直した。
舞台上では、静稀が、いや、榊高遠くんがハンドマイクを持ってご挨拶を始めた。
「みなさま……ありがとうございます。榊高遠でございます。え~……ようやく、戻って参りました。」
静稀はそこまで言って、涙を浮かべて、昔のように、客席の端から端までに目をやった。
「リハビリは確かに長く続きましたが、私は、つらくなると、無意識に歌劇団で慣れ親しんだ歌を歌って現実逃避していた、そうです。それすら、まったく覚えてないんですけどね。」
静稀は泣きながらも、晴れやかに笑った。
かつてのフェアリーは、妻となり、母となり、はかなさが消えた分、幸せに満たされていた。
静稀は、他のOGの先輩方と同席し、楽しいディスカッションに参加し、2部のショーでは1曲歌わせていただいた。
言葉の前に歌を思い出した静稀は、今なお美しい歌声を余すところなく披露した。
小さな高遠は、涙でぐじゅぐじゅになりながら、それでも笑顔で舞台の榊高遠くんを見つめていた。
よかった。
高遠に、静稀の晴れ姿を見せてやれて、本当によかった。
終演後、僕らは楽屋口で静稀を待った。
まるで、さよなら公演の出待ちのように、参集したファンのかたがたに迎えられ、静稀が出てくる。
静稀は深々と頭を下げ、ファンに見送られて、僕と高遠のところに戻ってきた。
「おかえり、静稀。」
「おかえり、ママ!」
「ただいま、さ、フランスに、帰ろう。」
静稀を真ん中に、僕らは3人で手をつなぎ、花の道を歩いた。
春の夜の風は、いつまでも僕らを温かく包み込んでいた。
~fin~