お帰り、僕のフェアリー
窓際の席に陣取り、外を眺める。
今日の13時公演に出演する月組生が、劇場に向かって歩いてる。

「公演に出演する生徒は、楽屋で舞台メイクをするから、ほぼすっぴんやって。せやしサングラスやマスク、帽子着用率が高い。でもお稽古に来る生徒は、割と綺麗にしてる子が多いで。」
目を細めて生徒を見ている義人が、詳しく説明してくれる。

「次の公演は花組公演やけど、今日のお稽古は正午スタートやって。研1生は上級生が入る前に準備をせなあかんから、だいたい10時頃から待ってれば確実に榊高遠くんを拝めるんちゃうかな。」

……たぶん義人のオトモダチは、月組にも花組にも1人ずついるんだろうな、と想像してしまう細かい情報だ。

本日3杯めのコーヒーに顔をしかめながら窓の外を見てると、静稀が橋を渡ってこちらに向かってくるのがわかった。

「静稀さんや!」
由未もすぐに気づいて、うれしそうに声をあげた。

「ほな行くで!あ、待って!ストップ!」
勢いよく立ち上がった義人だが、窓に張り付いて固まってしまった。

「先客がいた。」

僕と由未も、窓ガラスに張り付く。
橋を渡り切る直前のところで、静稀がファンらしき女性に声をかけられていた。
手紙らしきものを受け取り、頭を下げて女性の横を通り過ぎる静稀。

すると、次の女性が、静稀に突撃。
紙袋を渡され、写真を撮られる静稀。

さらに、男性がやってきて、静稀にしきりに話しかけている。

「研1やのに、既にファンついてるんや。なるほどなあ。妬まれるわけや。」

結局僕らは、静稀に声をかけられなかった。

……よくよく見れば、なるほど、さっき義人が言っていた、研1の生徒に話しかけてもよさそうな位置まで、ぽつりぽつりとファンが立っていて、静稀を待ち構えていたのだ。

まだ初舞台前なのに、もうこんなにもファンのいる子なんだ。
正直、ちょっとショックだった。

悄然としてる男2人を尻目に、由未は携帯電話で窓越しに静稀とファンの様子を撮影すると、夕べ取り交わした静稀のアドレスへとメールを送信した。
「せっかくやし、来たよ!ってアピールしとかんと、ね。」

……由未……たくましい……。

10分後、僕の携帯電話が震えた。
静稀からだ。
由未のメールを見て、慌てて電話をかけてくれたのか。

「もしもし?静稀?お稽古前じゃないのかい?大丈夫?」

『はい!静稀です!ごめんなさい!来てくださったって!全然気づかなくて……ごめんなさい!』
機械を通しても隠しきれない、静稀の鼓動が伝わってきそうだ。
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