お帰り、僕のフェアリー
「じゃマサコさん、サンルームにお茶を運んでください。」
静稀の手を取ったまま、フランスで言うところのla verandaに案内した。

「ちょうど見頃なんだ。」
そう言いながらドアを開けると、ガラスの向こうに満開の枝垂れ桜。

「うわぁ!綺麗!」

……静稀のほうが、綺麗だよ。

「テーブルセットも、かわいい!」

……静稀のほうが、かわいいよ。

重症だな、我ながら。

「祖母のお気に入りの場所だったんだ。ガラスは全てUVカットだから、安心してひなたぼっこができるよ。」
そう言いつつ、静稀の褒めてくれたラタンのアームチェアに座った。

テーブルの上には、アラゴンと辞典数冊。
「じゃ、とりあえず、マサコさんが来るまでちゃんと勉強しようか。」

「はい!」
静稀は僕の対面に座り、先週と同じようにアラゴンの詩を読み進める。
宿題は出さなかったのに、静稀は持ち帰った本を全て読んできていた。

前回の会話のなかで、静稀はシュルレアリスムをよく知らないようだったので、途中でダダイズムから詳しく説明した。

「失礼します。お茶をお持ちしましたよ。」
マサコさんが、ティーセットをワゴンで運んできた。

「ありがとうございます。いい香りだ。バタークリームですね!」
アップルパイに添えられた、少し黄色いクリーム。
日本では生クリームが主流だが、僕はやはりフランスのバタークリームが好きだ。

「静稀さんのお口に合うかわからないので、いつもより少なめにしておきました。足りない分はこちらからどうぞ。」
繊細なボンボンケースにバタークリームを詰めてある。

早速、アップルパイにバタークリームをたっぷり絡めて、一口。
「マサコさん、最高!ありがとう!」
いつもながら美味しい。

静稀も、バタークリームを多めにつけた一切れを口に運ぶ。
ゆっくり咀嚼して、目を見開く。
美味しかったらしい。

「バタークリームって、もっと脂っこいものだと思ってました!こんなに美味しいんですね!」

「日本のバタークリームとは、使ってるバターが違うんですよ。お口に合ったようで、よかった。じゃ、夕食の準備をして帰りますね。静稀さん、お会いできてうれしゅうございました。これからもよろしくお願いしますね。」
いつも以上に優しいマサコさんの口調に、僕のほうが驚く。

マサコさん、静稀を気に入っただけじゃなく、嫁に来ると勘違いしてないか?
参ったな。

……銀のスプーンに映った僕がふにゃふにゃににやけていたのは、スプーンの曲線のせいだけではなかっただろう。

はっきりと、僕は浮かれていた。
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