お帰り、僕のフェアリー

翌週、静稀は来られなかった。
CS放送に歌劇団の専門チャンネルがあるのだが、そこで初舞台生５人が紹介されるらしい。
静稀は45人中の５人に抜擢されて、撮影に臨むのだ。

そうと聞けば、我が家も加入せねば。
手続は簡単だった。

専門チャンネルは、まだ生で公演を見たことがなかった由未には衝撃だったらしい。
登校前も、帰宅後も、由未は専門チャンネルを見続けた。
次の公演前のお稽古場を紹介するコーナーでは、画面の端に静稀を見つけて、大はしゃぎしていた。
テレビの向こうの静稀は、僕には今にも泣き出しそうに見えて、心配が募った。


４月24日、静稀の初舞台公演が始まった。

当日券に並びたい気持ちを抑えて、静稀の準備してくれた日を待ちわびた。
静稀は、初日の翌日から、かわいそうなほど遅くまで新人公演のお稽古をしていた。
午前様になることも、ざらだ。

痩せるというより、やつれていく静稀。
それでも、暇をみつけては、僕に連絡を寄越した。
寂しい時、つらい時、うれしい時。
静稀はいろんな感情を僕に理解してほしかったのだろう。

僕は、どんな静稀もいとしくて、甘やかし続けた。
静稀は、日一日と僕に依存していった。
……うれしかった。


５月１日。
静稀の取ってくれたチケットは、なぜか３枚。
当然のような顔で、義人がついてきた。

「俺に言うたら、もっといい席取ってもらってやるのに。」

静稀の席に文句言うな！

義人に連れられて、楽屋口を入ったところで、チケットを受け取る。
差し入れのチョコレートも義人が見立てた。
……みんなで食べられる日持ちのする美味しいものがいいんだそうだ。

まだ時間があるので、プログラムを買いにグッズショップへ。
さすがに初舞台生のグッズはないが、音楽学校の文化祭のプログラムを買うことができた。
一人ずつ顔写真が載っている。
静稀がお世話になっていたという、同室の「咲ちゃん」は、小林咲姫さん。
迫力のある美人さんだった。

ショップを出ると、大劇場入口付近のひときわ人だかっているところに、大きなボードが置いてあるのが見えた。

初舞台生一覧？
よくよく見ると、初舞台生の口上日程、となっている。
榊高遠の名前は３回出ていた。

「あ！今日だ！」
静稀、口上の日のチケットをわざわざご家族から譲ってもらったんだ。
何だか、ご両親に申し訳ないな。

「女心やん。いいところを、親より好きな男に見せたいんや。でも、俺が親なら、娘が誰にチケットを渡すのか見に来るわ。」

……まさか……ね。