お帰り、僕のフェアリー
静稀に割り当てられた席は、1階最後尾だった。
「遠いわ~~。」
義人が、借りてきたオペラグラスを覗き込んで、ため息をつく。

由未は、わざわざ前方まで降りていき、オケピットを見ようと爪先立ちしている。

僕は、プログラムに目を通して、緊張を飲み込んだ。

ブザーが鳴り、由未が慌てて席に戻ってくる。
場内が落ち着き、照明が落とされる。

芝居の開演前に、花組の組長のアナウンスで初舞台生紹介の案内が流れる。
幕が上がり、黒紋付と緑の袴の初舞台生が現れた。

3人だけが前にいる。
真ん中が静稀だ!
僕は、持参した高倍率オペラグラスで静稀を凝視する。
本当に、あれが、静稀?
舞台中央に立つ榊高遠くんは、初々しく凜々しく、光り輝いていた。
圧倒的な華があった。

3人で高らかに口上を述べる。
榊高遠くんは、声も美しく高らかに響いていた。

最後に全員で歌を歌う。
僕らの席の周辺は、やはり初舞台生の関係者が多いのか、そこかしこですすり泣きが聞こえていた。
由未も泣いていた。
義人でさえ、うるっときていたようだ。
僕はと言えば、とても泣ける心境ではなかった。

初めて舞台で見た彼女は、予想以上だった。
僕は、榊高遠くんの放つオーラに圧倒されていた。

とんでもないことになってしまった。
榊高遠くんは、間違いなくトップになるだろう。
早々に、路線に乗せられる逸材だ。
泣き虫な静稀は、抜擢に耐えられるだろうか。
僕は、静稀を支えてあげられるのだろうか。

芝居は、アラゴンの人生をドラマチックに描いていたなかなかの秀作だった。
幼少時代の家族との葛藤や、アラゴン事件を絡めつつ、第二次世界大戦中のレジスタンス活動とエルザとの愛を高らかに歌っていた。

初舞台生は本来芝居には出ないのだが、今年は初舞台生にも民衆の扮装をさせて舞台の賑やかしをさせていた。
もちろん榊高遠くんもいた。
後方にいても、端にいても、光り輝いていた。

幕間は、義人がジェンヌ御用達の美味しいサンドイッチを準備してくれていた。
「静稀さん、めちゃめちゃ綺麗やったねえ。」
由未がしみじみと感嘆する。

「セルジュ、苦労するで、これから。あの子は、すぐスポンサーもタニマチもつくわ。」

「義人もそう思ったかい?僕も、ここまでとは思わなかったよ。」
喜ばしいことなのに、ため息が出てしまった。

後半は、美しいレビューだ。
初舞台生のロケット(ラインダンス)は、終盤にきた。
芝居のイメージなのだろう、トリコロールカラーの軍服を愛らしくアレンジした衣装の初舞台生達が、舞台いっぱいに広がって元気に踊っていた。

ここでも、榊高遠くんは、キラキラと輝いていた。
はじける笑顔には、品格さえある。
研1とは思えないほど、化粧も上手い。

完璧な美少年だった。
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