お帰り、僕のフェアリー
終演後、静稀にお礼と感想をラインで述べる。

静稀が、公演の後片付けと、新人公演のお稽古を終えて、僕に連絡してきたのは、夜中の0時半。

『終わった~。』
「お疲れ様。あんなに美少年になるとは思わなかったよ。お世辞じゃなくて、榊高遠くんが一番輝いていたよ。」
『それは言い過ぎですよ。でも、今日は私、とっても楽しかったんです。セルジュが見てくれてるって思うと、お顔が勝手に笑顔になって。先生にも褒められたんですよ。』
静稀の声が弾んだ。
『それで、あの……お願いがあるんですけど……』

「ん?何?」
『新人公演にも来てくれますか?』

「……うん。でもチケット代は払わせてくれないと、行きづらいよ。」
静稀が、正確には静稀のご実家が、今回のこの公演期間にどれだけのチケット代を支出しているのかを考えるととてものんきに招待され続けるわけにはいかない。

『でも、私も、タクシーチケットを冊子でいただいてしまいました。おあいこ、じゃないですか?』
「それは、僕が送り迎えしてあげられないし、心配だから。静稀は電車でも来れるのに、僕がそうしてほしいからお願いして利用してもらうんだよ。」

静稀は、電話の向こうで少し笑った。
『ほら、同じですよ、また。私も、お願いして、私のお席で観てもらいたいんです。もっといい席で観劇する方法はいくらでもあるのに。』

確かに、同じかもしれない。
お互いに、支払うのは自分自身の稼ぎではないという点も。
いや、歌劇団員となった静稀のほうが、少額とは言え給料をもらう分、偉いか。

「わかったよ。静稀の気持ちに甘えさせてもらうよ。ありがとう。」
『よかった!これで私、もっと頑張れます!ありがとうございます。』

静稀との電話を切った後、僕は自分の中の説明のつかないもやもやと対峙した。
彼女は、僕の予想を凌駕するスター性を持っていた。
ただの、きれいでかわいいお嬢さん、ではなかった。

僕は?
僕は、彼女と一緒にいていいのか?
改めて、僕は僕を見つめ直す。

フランスでの僕は、漠然とだが目標を持っていた。

もともと体の弱かった母は、父と出会い、結婚しても、フランスを離れることができなかった。
父が仕事で日本に戻っても、他の国へ赴任しても、母は実家で暮らした。
それでも、母は僕を産んで、生きる目標ができたのか少し元気になった。
しかし、僕が5才の時、交通事故で死んでしまった。
僕はそのままフランスに残り、フランスの祖父母や伯父にかわいがられて育った。
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