お帰り、僕のフェアリー
母の実家は元貴族で、伯父はオートクチュール(高級お仕立て服)のデザイナーだ。
本人の趣味で香水は扱っているが、プレタポルテ(既製服)は頑固に断り続けている。

ついでに、伯父が家族のためにデザインした服は、そのままプレタクチュールとして、いわゆるイージーオーダーのパターン売りをしている。

伯父に溺愛されて育った僕にも、いまだに毎シーズン、大量の服が送られ続けている。
お礼を述べる都度、伯父は僕に細かい意見を求めるので、伯父がまだ僕に期待をかけていることはよくわかっている。
18才の誕生日には、伯父から会社の株を分譲もされている。

でも、従妹に拒絶されたのに、その父である伯父の会社を継ぐなんて僕にできるわけがない。
ずっと伯父の想いを見て見ぬふりして生きてきたが……。

「潮時、ってことかな。」
無意識に声に出したことに、自分で驚く。

でも、それが僕自身への啓示となったようだ。

僕は伯父が服と共に送ってくる、スケッチブックをクローゼットから取り出した。
途中のページまで伯父のデザイン画が描かれ、残りは白紙のスケッチブックが20冊。
この夜から、伯父は僕の師となった。


5月10日。
静稀の新人公演へは、由未と2人で行った。

本公演と同じ演目を下級生が演じるわけだから、レベルの低下はご愛敬。
上級生や家族、ディープファンが成長を見守るあたたかい空気の中、滞りなく上演された。

静稀は、やはり群衆の一人でしかないのだが、初舞台生ばかり数人で歌うシーンがあり、ライトが当たった。
群衆どころか、希望に満ちあふれた堂々たる美しい革命闘士だった。

翌日から、静稀の毎日は少し楽になった。
新人公演のお稽古がなくなったため、終演2時間後ぐらいには楽屋を出られるようになったのだ。
静稀は残り少ない同期との時間を満喫しているようだった。

僕らは、静稀の千秋楽を、2人で過ごせる夜を、指折り待った。



一ヶ月以上続いた、静稀の初舞台公演が終わった。
この後、初舞台を終えた研究科1年生45人は、4つの班に分かれて、各組の公演に出演する。
静稀は、C班に入れられて、8月の雪組公演に出演することになった。
お稽古の始まるのは6月15日。
ただし、次の雪組公演は、和物。
歌舞伎の「三人吉三」を歌劇化したものらしい。

真面目な静稀は、お稽古が始まる集合日まで日本舞踊を習いたがった。
都合のいいことに、僕の親友の彩乃は、日本舞踊の家元の孫で、次期家元だ。
忙しい理系の学生の彩乃だが、何とか、我が家でお稽古をつけてもらうことになった。

……僕は、静稀の恋人であると同時に、榊高遠くんのタニマチのようだ。
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