お帰り、僕のフェアリー
「Comprenez-vous le français?」
フランス語がわかるのかという僕の質問に、彼女は戸惑いながら、
「Non, Je ne parle pas très bien français.」
と、教科書通りのフランス語を可愛らしく返した。

「いや、お上手ですよ。どちらで学ばれたのですか?」
少ししか話せない、とフランス語で答えた彼女に興味を覚えた僕は、今度は日本語で問いかける。

明らかにほっとした顔になり、彼女もまた日本語で答えた。
「あの、通っていた中学校のカリキュラムにフランス語の授業があったので、辞書があればなんとなく読むことはできるんですが、会話は苦手で、、、お恥ずかしいです。」

白い頬をうっすらと桜色に染める彼女のたおやかさは、男の僕だけでなく、がさつながられっきとした女である由未をもときめかせたらしい。
「いいよね?セルジュ。」
と、僕の意志を確認するというよりは、決定事項と押し切った由未のペースに乗せられて、話が進んでいく。

10分後には僕らは3人でタクシーに乗り込み、20分後には僕の家に到着した。

高台にある我が家は、亡き祖母の少女趣味の結晶のような白い洋館だ。
玄関ポーチの上には舞台のように広い大きなバルコニーがあり、館の造形美の要となっている。
彼女はこのバルコニーを気に入ったらしい。

「何て素敵なお家!あのバルコニーで歌ったら気持いいでしょうね。」

うっとりそう言う彼女に、勝手知ったる由未が何故か得意げに答える。
「そうなんですよ!あそこからだと海も綺麗に見えるし、気持ちいいんです♪後で、ご案内しますね。あ、そうだ!気候もいいから、バルコニーでお茶にしましょうか!」

玄関の鍵を開けながら、由未を止める。
「春の日差しは紫外線が強いから、ダメだよ。お茶なら、家の中でどうぞ。ただしmademoiselle(マドモワゼル)に急ぎの用事がなければ、ね。さ、ようこそ。」

ドアを開けて、彼女を招き入れる。
玄関ホールに入るなり、彼女はまた歓声を挙げた。

「広い!それに天井高ーい!」

やたら広いこの玄関ホールもまた、亡き祖母のこだわりだ。

最初は上を見上げていた彼女が、次に下を凝視する。
「この床……やわらかい……」

彼女は、ブーツの爪先を立てて、年季の入った檜の床の感触を確かめる。
その仕草が、彼女はバレエ経験があることを如実に物語っていた。
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