お帰り、僕のフェアリー
この日、彩乃は静稀の基礎力を見たらしい。
玄関ホールで、静稀は立って、座って、お辞儀して、立って、歩いて、扇を開いて、閉じて…を、何度も繰り返しさせられていた。

「足運びは合格、扇の扱いもわかってるみたいやね。でも、肝心の腰が入ってない。いや、頭ではそうするものとわかってるねんろうけど、身についてない。とりあえず、俺との稽古中は、普通に立つの禁止。ずっと腰入れてて。」

腰を入れる!?
何だか卑猥な言葉に、僕はまた、ハラハラする。

「重心を落とすことや。」
見かねてか、義人が耳打ちしてくれる。
何でもよく知ってる奴だよ。

「歌劇団の生徒は、たいてい幼少時からバレエを習ってる子が多いから、どうしても腰が入りにくいんや。静稀ちゃんもバレエやってたやろ?そういう体や。」
義人はそう説明して、さらに続ける。

「バレエは、上に上に引っ張られるような姿勢が基本やから、日舞は正反対なんや。」
素人の僕にもちゃんと理解できるよう説明してくれた義人に感心すると、義人はにやりと笑った。
「歌劇団では、雪組は『日本物の雪組』と言われてて、昔から和物が多いねん。」

「……雪組にも、オトモダチがいるのか。」
義人のマメさに感動すら覚える。

「ああ。でも雪組はちょっと今めんどうな感じ。高遠くんが配属されないといいけどな。」
義人が何を言わんとしてるのか、僕には全くわからなかった。
配属の発表は、まだまだ先の話だ。

「お茶が入りましたよ。」
15時過ぎに、マサコさんがティーセットのワゴンと共に、台所から現れる。

「マサコさ~ん。今日は何ですか?」
義人がさっとワゴンを取り、マサコさんに甘える。

「今日は蒸し暑いのと、体を動かしてらっしゃるので、冷たいレアチーズケーキにいたしました。」
静稀のことを気遣ってくれてることが、僕にはうれしい。

「義人さん、彩乃さん、夕食も召し上がって行かれますよね?5人分準備しておきますね。」

「いや、そこまで甘えるわけには……」
彩乃が断ろうとするのを義人が遮る。
「いいやん。もうそのつもりで用意してくれてはるねんから。マサコさん、今日はごちそうになりますね。でも、明日からは3人分でいいですよ~。あんまり僕らが入り浸ると、セルジュと静稀ちゃんが2人で過ごす時間がなくなるから。」

僕と静稀は何も言えず、ただお互いの顔を見つめて赤くなるばかりだった。

そんな僕らを、微笑ましく見守っている風なのが、また、何とも言えず恥ずかしかった……義人のみならず、彩乃もマサコさんまでも!
< 35 / 147 >

この作品をシェア

pagetop