お帰り、僕のフェアリー
さすがに、ぎょっとした彩乃。 
「なんでお前まで泣くんだよ。セルジユ、キャラ変わりすぎやろ。」

そうかもしれない。
義人や彩乃には心を開いていたつもりだが、それでも、僕は他人に無関心で冷たい男だったと思う。
静稀と出会って、幼い頃夢見た素直な愛を取り戻したような気がする。

「ありがとう。静稀を、よろしくお願いします。」
僕は、はじめて、静稀や彩乃がいつもやってるように、玄関に座って頭を下げた。
慌てて、静稀も座って、深々と頭を下げる。

彩乃は、ため息をついてから、僕らの前に膝をついた。
「幾久しく、お受けいたします。お前らが別れても、榊高遠が退団しても。」

…別れないけどな。
こうして、静稀は、彩乃の愛弟子となった。


翌日から、静稀の多忙な日々が始まった。
お稽古場の掃除や雑用をこなしながら、自分たちの出番のお稽古。

初舞台で見栄えの良さを認知された榊高遠くんは、動く背景ながら、なかなかいい位置を与えられた。
当然、その分負担は増えるのみならず、あからさまな嫌がらせと悪口が増えたらしい。
今まで盾になってくれていた咲ちゃんがいないことも、やはり大きかった。

静稀は何も言わないが、衣服を着るとき、靴を履くときに、中を確認する癖がついていた。
古典的な嫌がらせだが、押しピンか針を仕込まれたのだろう。

僕にもまた、静稀の体に傷がないか、こっそり探す癖がついた。
静稀の白いなめらかな肌に赤黒い点を見つけたことは、一度や二度ではなかった。

静稀は、本当によくがんばっていた。
本番直前に見てくれた彩乃も、弟子の成長に目を細めた。

僕たちは、お稽古の負担にならないよう、週に一度の逢瀬を重ねた。
榊高遠と呼ばれることの増えた静稀が、自分に戻って羽を伸ばせるように、僕は静稀を際限なく甘やかした。


8月になり、雪組公演が始まった。
初日の夜をご家族と過ごした静稀は、翌日からまた新人公演のお稽古で午前様が続く。

僕は、会えない時間をデザインの勉強に当てた。
ああ、伯父に静稀の写真を数枚送信してみたんだ。
僕のドレスを着た静稀、男物の着物で舞う静稀、そして舞台の榊高遠くん。

案の定、静稀は、いや、榊高遠くんは、伯父の興味を引いたらしい。

静稀を細かく採寸するよう指示され、しばらくして、燕尾服と白い麻の三つ揃いが届いた。
どちらも、僕とお揃いだった(笑)。

静稀は、オフの日も常にパンツスタイルだから、特に麻のスーツはすぐに使えるだろう。
その後も伯父は、静稀にスーツやシャツを作ってくれたが、僕は意固地にドレスを描き続けた。

公演が始まった翌週の日曜日。
静稀に招待されて、観劇した。
例のごとく、生徒席の3枚。
今回は、僕と、彩乃と、由未の3人が並んだ。
席は、S席後方。

最後列じゃなかっただけ、よしとしよう。
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