お帰り、僕のフェアリー
東京公演のお稽古が始まった。

そして一週間後、僕たちは余儀なく一ヶ月間の遠距離恋愛を始めることになった。

とは言っても、自慢じゃないが、僕は暇な大学生。
今回は、新人公演の日に、新幹線で東京へと遠征した。

13時半からの本公演を見てから、ホテルにチェックイン。
ルームナンバーを静稀に連絡して、少しくつろぐ。

18時半に、新人公演開幕。
1ヶ月半前より更に上手くなっている榊高遠くん。
発展途上とは言え、めきめき実力をつけていく。
この子は、どこまで昇るんだろうか。
どれだけ、光り輝くのだろうか。

新人公演終演後。
静稀は、れいさんや上級生に誘われて夕食に行った。
あれから、れいさんとはるさんは、静稀によく声をかけてくれるようになったらしい。
それだけでも、静稀を取り巻く環境はよくなっているようだ。 

夜遅くに、静稀がホテルにやって来た。
「おかえり」
部屋に迎え入れて、抱きしめる。

「あのね!あのね!義人さんもこのホテルに泊まってるみたいです!れいさんがいました!」

ん?
静稀は、僕から離れると、興奮して両手の拳を握りしめ、ぶんぶんと上下しながらそう言った。
久しぶりの再会なのに静稀に口づけさえさせてもらえず、僕は苦笑する。

「れいさんと一緒にここに来たの?」

「まさか!お店を出て、ちゃんとみんなで宿舎のホテルに帰ったよ。その後で、こっそり出たの。なのにこのホテルに着いて、エレベーターに乗ったら、れいさんもいたの。びっくりしちゃった!」

なるほど。

「何か話した?」
「私、慌てちゃって、お稽古場みたいに挨拶しちゃった。他にお客さんもいたから、すごく恥ずかしかったの。」
静稀が、頬を両手で挟み、恥じらう。

「れいさん、困ってた?」
「たぶん。でも、『今日よかったわよ。毎日彼に来てもらえば?』って。」
静稀は、れいさんのさはさばした口調を真似してそう言う。

……それは……京都だと、嫌みを言われてるんだけど……、たぶんれいさんも静稀も京都出身じゃないから、軽口でしかないんだろうな。 
3年間、京ことばの意味合いに苦労したので、僕は微妙な気持ちになる。

僕の表情が変わったことで、静稀は心配そうになった。
「あの…やっぱり毎日は嫌ですか?」
「は?」
「私、『一度お願いしてみます。』って言ったんです。そしたら、れいさんが笑って『やめなさい。どん引きされるわよ。』って仰って。…迷惑でしたか…。」

はは。
静稀はいつも、本気だからな。
れいさんの戸惑いを想像して、僕は同情する。

「そうだね。東京公演を毎日は無理だけど、ムラなら、チャレンジしてみようか?」
歌劇団の本拠地を、ファンは愛着を込めて「ムラ」と呼んでいる。
学休期間ならたやすいことだし、3回生になればますます大学に行くことも減るから可能だろう。

静稀は両手を胸の前で組んで、喜色満面で、こくこくとうなずいた。
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