お帰り、僕のフェアリー
「……どうして?」
開いた瞳から涙がぼろぼろこぼれる。

「かわいいから。静稀、かわいい。もっと僕を求めて。僕を欲しがって。」
そう言って、僕は静稀の涙を唇ですくう。

「いつも僕に餓(かつ)えて。」
静稀は、こくこくっとうなずく。

「僕に、溺れて。」
静稀は、新たな涙をあふれさせる。

「……っも、もう、もう~~~!ずるいよ。嫌われたかと思ったんだから。ひどいよ~。チュ~してよ~。」
駄々っ子のように泣きじゃくる静稀を抱きしめる。

「もっと、泣いて。もっと、言って。」
そう言いながら、静稀のまぶたに口づける。

静稀は、ぐしゅぐしゅ泣きながら、僕を求めてくれた。

僕は、静稀を抱き上げ、ベッドに落とす。
静稀が涙を流しながらも、充分に濡れていることを確認して、僕は幸福感で満たされる。
子供じみた征服欲かもしれない。

でも、その夜、僕らは今まで以上に感じ合った。
深い交わりで、脳が痺れる。

静稀は声帯がヒューヒューと悲鳴を上げるまで、泣き叫んだ。

何度も何度も繰り返し、空が白み始めた頃、気を失ったように眠りに落ちた静稀の唇に、ようやく僕は口づけた。

……元はと言えば、半月以上ぶりの再会なのに、挨拶も口づけもすっ飛ばした静稀に対して拗ねていただけなのだが……。

「愛してるよ。」

静稀を胸に抱きしめて、僕もまた眠りに陥った。


翌日の夕方、静稀は宿舎のホテルに帰っていった。
僕もチェックアウトをして、帰路に就く。

次に静稀に会えるのは、千秋楽の後。
2週間後、と思っていたのだが……
思わぬことに、静稀の祖母に甲状腺癌が見つかったらしい。
既に肺に転移しているということで、静稀は東京からまっすぐ実家へ帰った。

僕がいくら暇人でも、さすがに静稀に逢いに行くわけにもいかない。
遠くから、おばあさまの回復を祈っていたが、ご家族の想いは届かず、おばあさまは天に召された。
季節は巡り、クリスマスもお正月も過ぎ去った1月半ばだった。


静稀が、ムラに戻ってきたのは、2月初頭。
悲しみにやつれた静稀は痛ましくって、僕はマサコさんにお願いして、栄養価の高い食事とお菓子を毎日作ってもらった。
静稀の笑顔が見たくて、僕は静稀に騎士のように仕え、たっぷりと甘い愛を注いだ。
少しずつ、静稀は自分を取り戻す。
毎日こつこつと、歌とダンスのお稽古を積み重ねていた。

2月の終わりに、研1生の組配属が決定し、発表された。
静稀は、組回りでお世話になった雪組に所属することになった。
ちょうど、雪組は大劇場で公演中だったので、静稀は毎日、客席と楽屋に足を運んだ。
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