お帰り、僕のフェアリー
翌日、僕は静稀に合コンを持ち掛けたという上級生に断りの電話をかけようとしたが、静稀に泣いて止められた。
僕自身が断ったほうが角が立たないと思ったのだが、静稀は頑なに拒否する。
ややこしい事情もありそうなので、静稀に任せることにした。

でも、静稀は勘違いしていたようだ。
上級生は、そもそも、僕と合コンなんて本気で望んでなかったのではないかと思う。
たぶん、研2のくせに、自分より人気も扱いも上がっていく静稀を傷つけ、困らせたかったのだろう。
折しも、トップの退団で、新体制が始まる今。
静稀の存在は、微妙なポジションの上級生達の脅威となっていた。


11月半ば、雪組東京公演が千秋楽を迎えた。
静稀は翌日ムラに帰ってきた。
しかし、休みは1日だけ。
すぐに、また小ホール公演のお稽古が始まる。

静稀は貴重な休みをヘアサロンで過ごし、夕方からわが家に来た。
より華やかになった静稀だが、男役メイクをしてないと、やはりかわいいフェアリーだ。

「ね、ね、千秋楽に由未ちゃんが来てくれたんだけどね、今住んでるお宅のご当主をね『恭兄さま』って呼んでたの。由未ちゃん、本当のお兄さんの義人さんのことは『お兄ちゃん』って呼んでたでしょ?セルジュは呼び捨てだったし。」
静稀が僕の膝で、他愛もない話をうれしそうにしている。
それだけで僕も笑顔になる。

「ああ、『恭兄さま』ね。聞いてるよ。元お公家さんの家柄で本人は書家だって。」
「へえ!すごいね!」
「……『恭兄さま』に頼んだら、静稀の先輩も満足な合コンが設定できるんじゃないかい?」

冗談で言ったつもりだったが、静稀の顔から笑顔が消える。
この話題はまだまずかったらしい。
やはりうまくいってないのかな。

心配そうな僕に気づいて、静稀が無理やり笑顔を見せる。
「もう合コンは、こりごりです。あの件は、れいさんにお願いしちゃいました。」

「確かに。れいさんなら、うまく取り成してくれそうだね。よかったね。」
静稀がそれ以上言わないので、僕も色々な疑問を飲み込んだ。
解決した、と信じようとした。

翌日から、静稀は小ホールのお稽古に入った。
この小ホール公演には、雪組の約3分の2が出演する。
6分の1は、次期トップのディナーショーへ。
残りの6分の1の下級生達は、お休み。
……ほぼ休みなしでお稽古の始まる静稀はかわいそうな気もするが、それだけ期待されているのだろう。

榊高遠くんは、また役名のついたソロのある役をもらえたらしい。
そして当然のように、僕のために毎日のチケットを準備してくれていた。

僕は、作品の理解と静稀の役を深めるべく、資料を集めた。
2人で勉強するのは本当に楽しかった。
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