お帰り、僕のフェアリー
翌日も僕は、静稀の生徒席で観劇した。
隣の席に、生徒が座ったが、珍しいことでもないので、気にしなかった。
むしろ、榊高遠くんの様子が変なことが、気になった。

終演後、いつものようにラインで静稀に感想を伝える。
しばらくして静稀から電話がかかってきた。
『今日、お隣のかたに、話しかけられなかった?』
静稀の声が緊張しているのが伝わってくる。

「いや。何も。」
『そう……ですか。それならいいんです。』
「誰?知り合い?」
『……同じ組の上級生です。……セルジュを紹介してほしい、って言ってらした。」
静稀は感情を抑えて静かにそう言ったが、複雑な想いが伝わってくるような気がした。

「へえ。じゃ、今日の席は、偶然?わざと?僕は、誘惑されるのかな。」
他人事のようにそう言ってみたが、やはりちょっと違う気がした。
静稀に対する嫌がらせじゃないのかな。
今日の静稀は、昨日とは別人のようにパッとしなかった。
それが狙いじゃないか?

「まあ、気にすることないよ。僕は静稀しか見てないから。静稀も僕だけ見てて。他の人を見るの、禁止。」

『それはダメですよ。お客様みんなのお顔を見ようと思ってがんばってるんですから。』
さすが優等生!
……静稀のことだから、本気で一人一人の顔を見ようとしてるんだろうな。

「じゃ、僕を信じて。僕は絶対ぶれない、から。」
そう言って静稀を宥めたが、電話を切ってから気づいた。

僕は、今後も絶対に、ぶれない。
でも、静稀は、既にぶれている。
僕を信じてないわけではないと思う。
じゃ、何に?
静稀は、何に対して、ぶれているんだ?

……自分の気持ちを、信じてない?
何か、迷いが生じてる?

静稀?
静稀に、いったい、何が起きてる?

他人の悪口を一切言わない、愚痴らない、他人を妬まない、恨まないという性質は、もちろん、静稀の長所ではあるのだが……正直、こういう時にはやっかいだ。

僕は、24時間、静稀を監視下におけない状況に、ジレンマを感じていた。


その後も、隔日ぐらいで、僕の隣には生徒が座っていた。
一瞥もしていないので、誰かは知らない。
が、静稀の笑顔が100%じゃなくなるので、やはり心配は拭い去れなかった。

結局、隣の生徒には一切話し掛けられることもなく、10日間の短い小ホール公演は終わった。
しかし、静稀にはつらかったのだろうか……公演期間中、夜、うちに来ても夕食を残すようになり、頬がこけてしまった。

男役としては、より精悍さが増し、かっこよくなったのだが、僕には痛ましかった。
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