お帰り、僕のフェアリー
2月に入り、静稀は集合日を迎えた。

静稀の抜擢は、予想以上の騒ぎとなった。

と、同時に、静稀は新人公演で頭中将の役をもらってしまった。
……2番手の役だ。
静稀は、香盤表の前で名指しで罵られたらしい。
今まで普通に接してくれてた上級生が、明らかに静稀を無視し始めたり。

静稀は、お稽古がどんなに遅くなっても、毎晩僕に泣きつきにやってきた。
同時に、今まで以上にお稽古に取り組んだ。
歌も芝居も舞も。

静稀ががんばればがんばるほど、認めてくれる人は増える。
しかし、がんばればがんばるほど、筋違いな恨みを深めるやっかいな人種もいた。



4月1日、新トップ御披露目公演が初日を迎えた。
同時に静稀は研3となり、おばさまがた斡旋による付き人がつくようになった。
経験豊かで優秀な女性、だそうだ。
いずれ榊高遠くんのファンクラブが発足したら、彼女が代表になるのだろう。
それはそう遠い日ではなさそうだ。

初日の賑わいの中、聡明そうな少女を連れた義人に遭った。
……自分のオトモダチの公演に、これから手塩にかけて育てる若紫を連れてくるのか……こいつは、本気で光源氏か?

若紫の名前は、希和子ちゃん。
かわいい名前とは裏腹に、微笑むことの苦手そうな、冷めた瞳の少女だった。

「俺、まだ、希和の心からの笑顔、見たことないねん。」
義人が、少し口惜しそうにそう言った。

希和子ちゃんは、困ったような表情で義人を見上げている。

「あ、無理して笑おうとせんでええで。希和に媚びられたいわけちゃうねんから。」
義人が希和子ちゃんの頭をくしゃくしゃに撫でる。

少し赤くなる希和子ちゃん。
かわいいな。
それに、義人も楽しそうだ。
じゃじゃ馬ならし、というより、野生の猫を飼い慣らしてるような?

「希和子ちゃん、義人に毒されず、素敵なお姫様になるんだよ。」
僕はにっこりと笑いかけて、希和子ちゃんの右手を取り、その小さな手の甲に口づけた。

希和子ちゃんが真っ赤になったのを見て、義人が目を三角にする。
「セルジュ!浮気してっと静稀ちゃんに言いつけるぞ!希和も~!あかんて、こいつは!もう!何でそんな目ぇしてるねん。」

僕は、義人に弱点ができたことを知って、友人としてうれしくなった。
今までの女性関係とは明らかに違う、義人の反応。
願わくば、義人が、希和子ちゃんを悲しませることがありませんように!

芝居は、光源氏の生涯を追いながら、紫の上との愛情を軸に、他の女君たちを絡めて紹介していく。
新しいトップスターのお披露目と同時に、未定の娘役1番手を選ぶべく、広く娘役達に配役していたのだろう。

静稀の出番は、後半。
美しく凛々しい若公達ぶりは、ため息ものだった。
……またしても僕は榊高遠くんの写真を購入することになりそうだ。
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