お帰り、僕のフェアリー
榊高遠くんの舞も、すばらしかった。
共に舞った柏木大将は、静稀より2つ上級生に当たるのだが……榊高遠くんの巧さと美しさが際立ってしまった。
もともとの美貌と存在感・オーラに加えて、静稀は歌と舞に磨きをかけていた。

トップさんは無条件ですばらしいとして、今回の2番手の頭中将がイマイチ輝いて見えなかったので、新人公演の榊高遠くんの評価が多少甘くなるかもしれない。
新人公演の開幕を待つまでもなく、見栄えは榊高遠くんの圧勝であることは間違いなかった。

終演後、いつものように静稀はご家族と過ごす。

……僕は、お正月の後、静稀には内諸でお母様にお手紙を出した。
ご家族で共に過ごすはずだった貴重な時間を結果的に僕が奪ってしまったお詫びと、着物を送ってくださったお礼と振袖姿の静稀の写真の送付、付き合っている旨を報告する挨拶を込めて。

程なく、お母様から、麗しい筆文字のお返事が届いたのだが、すぐに静稀にバレてしまった。
お母様が、静稀に僕のことを褒めたらしい。

……ありがたいが、手紙にちゃんと静稀には内諸の旨を記しておいたのだが……。
どうやら静稀の母は、静稀以上におっとりとした、物事を深く考えないお姫様のようだ。

静稀に禁じられたため、僕とお母様の文通は叶わなかった。

夜遅くに静稀から電話がかかってくる。
僕は、榊高遠くんの夕霧がいかに素晴らしかったか、絶賛した。
しかし、静稀の反応は鈍い。
どうやら、明日から始まる新人公演のお稽古が、気鬱なようだ。

れいさん達が新人公演を卒業した今、静稀をかばい励ましてくれる上級生は皆無なのだろう。
それどころか、静稀が今回2番手の役をやるということは、新公主役と娘役以外の全員を踏み付けて上がってしまった、ということらしい。
お稽古が夜中まで終わらないので、僕が慰めてあげることもできない。
静稀にとって試練の日々だ。

「客席で毎日見てるから。新人公演が終わったら、また毎晩来たらいいし。あと2週間。僕も寂しいけど、一緒にがんばろう。」
そう言って、静稀を宥めた。

翌日から、静稀は辛い日々を送る。
前もって彩乃から青海波を習っていた静稀は、日舞の先生に褒められたらしい。
それを、まるで静稀がカネコネでこの役を買って先にお稽古をしていたかのように、上級生からあからさまに言われたとか。

例えば、今回の新公主演のお嬢さんなんかは、「役を買って何が悪い?悔しかったらスポンサー作ったら?」と、平然と言えてしまう強さがあるらしい。
でも、静稀にはその強さはない。
ただ黙って誹謗中傷に耐えるのみ。
日増しに静稀はやつれていく。

公演中に客席の僕を見ても、笑顔ではなく安堵の表情を見せるようになり、次第に救いを請う目になった気がした。

そして、少しの合間にも、僕に電話なりラインなりで連絡をよこすようになった。
静稀の心が悲鳴をあげていたが、僕には甘やかし慰めることしかできなかった。

とにもかくにも新人公演が終われば、事態は好転すると思っていた。

今年は一緒に我が家の枝垂れ桜を見ることができなかったな。
散りゆく桜を、僕は独りで見送った。
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