お帰り、僕のフェアリー
「さて、由未の紅茶が入る前に、アラゴンを取ってこようか。一緒に書斎に来るかい?」
「はい!」

廊下に出て、突き当りの書斎へ。
亡き祖父母と、海外暮らしの父の蔵書に、ここ数年は僕の購入した本が仲間入りしているこの部屋は、僕のお気に入りの空間だ。
芸術的なまでに美しい革表紙の本の中から、アラゴンを数冊選び出す。

「『le Crève-œur(断腸)』、『La Diane française(フランスの起床ラッパ)』、『Les yeux d'Elsa(エルザの瞳)』。とりあえず、この3冊かな」

『La Diane française』を開き、静稀に見せる。
「読めそう?」

静稀が僕のすぐそばにやってきて、本を覗き込む。
ふわりと、さらさらの髪が揺れて、ほのかな甘い香りが僕の鼻孔をくすぐる。

「う……ん……辞書必須ですね。時間がかかりそう。あの、1冊だけお借りしようと思うんですけど、どれがお勧めですか?」

「そうだねえ。この3冊は、それぞれ、アラゴンの違う側面がよくあらわれてるから、甲乙つけがたいな。芝居は闘争より恋愛が焦点なら、『エルザの瞳』から、かな」

静稀に『エルザの瞳』を渡して、あとの2冊を書架へ戻す。
名残惜しそうに、書架に納められた2冊を見つめ続ける「静稀の瞳」に気付き、僕は苦笑した。

「こっちも読みたいなら、いつでもどうぞ。もし自分で読むのに、時間がかかって大変そうなら、僕が教えてあげようか?」

静稀の顔が、ぱあっと明るく輝く。
「いいんですか!?ありがとうございます!あ、でも、忙しくないんですか?……せ、セルジュさんは、大学生?」

さっき僕が「静稀」と彼女を呼びたいと思ったように、静稀もまた僕を苗字でなく名前で呼ぼうと試みてることが、ひしひしと伝わってきた。
「セルジュ、でいいよ。僕は暇な大学生で、サークルもバイトもないから、静稀の時間のある時にいつでもどうぞ。」

「彼女もいないし、ね。」
紅茶のポットを持った由未が、廊下から顔だけ書斎に突き出してそう付け足した。

……我が家の書斎は、飲食物と火器厳禁、ということは、覚えてくれているらしい。

再び応接室に戻り、今度はお菓子とともに会話を楽しむ。

静稀は音楽学校を卒業しても、寮に住んでいるらしい。
親御さんが、二十歳になるまで独り暮らしを禁止なさっているとか。

「……てことは?静稀さん、今、18歳?」

中卒ですぐに音楽学校に入学したのか。
由未より1つ年上になるのかな。
そして、僕より2つ下。
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