お帰り、僕のフェアリー
「榊は歌劇団が路線に乗せるつもりで育ていていますが、歌劇団側が今すぐに加害者の上級生達をクビにすることはできません。6年めの契約更新はいたしませんが、あと1、2年は在籍することになるでしょう。」

「それまで、この状態が続く、ということですか。」
僕がそう確認すると、石井さんは、ため息をついた。

「これは個人的な見解ですが……榊は、弱すぎます。上級生が何と言おうとプライベートにまで口出しさせる必要はないと思いませんか?」
「そうですね。僕もそう思います。でもそれが静稀なんです。上級生には逆らえないし、無視もできない。嘘もつけないんです。」
「上手に嘘をつくことも大事なことなんですけどねえ。早く大人になってくれるといいんですけどねえ。」

石井さんの言う通りだと思う。
思うが……

「石井さん、僕は、静稀を、静稀の意志を尊重したいと思ってます。静稀が僕と距離を置くというなら、甘んじて受けとめます。おそらく石井さんにかなり負担をおかけすると思いますが、静稀をよろしくお願いいたします。」

僕はもう一度頭を下げたが、石井さんは首を横に振った。

「榊は、私には甘えません。私の知る限り、この2日間、誰にも泣きついていないようです。独りで苦しんでいます。このままでは榊の神経がもたないかもしれません。それでお願いなんですが……」

「はい?」

「私の判断で、榊が限界と感じたら、セルジュさんに榊を助けてやっていただけないでしょうか。今は、恐慌状態にいるけれど、もう少し落ち着いたら、榊も自分を取り戻すと思うんです。」

僕は、苦笑した。
「全く逆のことを言われると覚悟してたんですけどね。静稀に近づくな、と。」

石井さんは肩をすくめた。
「ケースバイケースですね。少なくとも、榊は独りでは立てないと思います。」

……僕もそう思ってたんだけどね。

「お話はわかりましたが、お役に立てる自信がありません。」

……僕は、自分で思ってた以上に臆病になってるのだろう。
石井さんにお願いされても、もし静稀自身にまた拒絶されたら?
僕もまた、静稀と同じように、自分の殻に閉じこもってしまったのかもしれない。

「セルジュさん、明日からも榊を見てやってくださいね。いい席キープしてますから!」

石井さんは、僕の弱気を受け流して、力強くそう言った。

……僕らは心強い味方を得たようだ。
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