お帰り、僕のフェアリー
フェアリー羽化
静稀が頭中将を演じる新人公演が開幕した。
何と、僕は、静稀の付き人の石井さんと2人で並んで最前列に座った。

「石井さん……さすがにこれは……」
「新人公演の最前列は、ファンクラブの代表が座ると決まっています。榊はまだファンクラブはありませんが、2番手役なので融通していただきました。」

平然とそう言う石井さん……彼女が遣り手なのは間違いなさそうだ。
しかし、静稀のご家族より前に座るのは、気が引けるというか。

「榊のお母様にも連絡していますので、お気になさらずに。セルジュさんは力一杯榊を応援してやってください。」
いろんな意味で僕は苦笑するしかなかった。

舞台に出てきた静稀は、僕を見て驚いていた……そりゃそうだろう。
僕は石井さんの指示通り、常に笑顔で静稀を見つめ続けた。

榊高遠くんの頭中将は、案の定、本役の上級生より巧みで美しかった。
今回の新人公演の主役の光源氏よりも、はるかに上だった。

終演後、ついそう漏らしてしまった僕に、石井さんは不敵に笑った。
「あんなカネコネどもと榊を比べたらあきません。榊は数十年に1人の逸材だと思っています。」

……数十年。
歌劇団の100年の歴史の中で、数十年に1人。
石井さんが静稀を評価してくれていることがうれしいと同時に、僕はプレッシャーを感じた。
そんな僕の表情を見て、石井さんが柔らかく笑う。

「トップスターは孤独なものです。榊に決定的に足りないものは、身長ではなく、孤独をものともしない強さです。足りないものは、スタッフが演出や小道具で補うべきでしょう。」

この人は、榊高遠くんのプロデューサーなんだな。
「頼りにしてますよ。セルジュさん。」

そして、榊高遠をスターとして立たせておくために僕は利用されるのか。
……悪くはないが、言いなりに操られるのは僕の矜持が許さないな。

「それが本当に静稀の望みなら。でもね、静稀は石井さんが思ってらっしゃる以上に、意固地で強い子ですよ。今はつらくても、そのうちに僕の存在なんて全く必要なくなると思います。」
大晦日の真夜中に舞い戻ってきた僕の静稀を思いだして、僕は苦笑した。
静稀と出会ってから、僕は驚かされ、振り回されっぱなしなんだな。

石井さんは、にやりと笑った。
「それはそれでいいんですよ。いえ、むしろ榊が独り立ちできるならそれが一番です。」

そうなればあなたは不要よ、と、言外にハッキリ言われてるのを感じた。
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