お帰り、僕のフェアリー
なんだ、僕はピエロか。
自虐的なことに、それはそれでいい、と思ってしまった。

全ては静稀の意志のままに。

「僕もそう思います。石井さん、静稀をよろしくお願いします。」
石井さんの意図をハッキリ理解しているのにそう言った僕を、石井さんは改めて興味深く見つめた。

「ほんと、あなたたち、似てると思うわ。榊は馬耳東風で、あなたは哲学者と禅問答してるみたい。でも、楽しいわ。またお話ししましょう。」
そう言って、石井さんは席を立った。


翌日からも、僕の座席は前方ばかりだった。
石井さんは、静稀の目につくところに僕を常にさらしておきたいらしい。


ムラ公演期間の最終週の日曜日、榊高遠くんの初めてのお茶会が開催された。
なんでも、お茶会の値段や場所も、上級生と下級生では区分けされるんだとか。
榊高遠くんは、研3にして300人を集めた。

僕は石井さんにお願いして、最後方の端に席を取ってもらい、ファンの子達やおばさまがたのおしゃべりにアンテナを張り巡らしていた。
やはり、今回の夕霧で知名度がぐんと上がったようだが、前回のハインリヒ、初舞台、中には音楽学校時代から静稀に目をつけていたファンもいた。

温かい空気の中、静稀は水色のスーツで登場した。
伯父の送ってくれたスーツだ。

すぐ目の前の僕を完全に無視して、ファンの間をにこやかに通り、壇上へ移動する静稀。
何事もなかったかのようにお茶会はスタートした。

……が、やはり静稀は静稀だった。
司会者の質問に対して、一生懸命なのに、ピントのずれた珍回答が多い。
すぐ、言葉につまるし、ゆっくりだし、照れてしまうし。
ファンはあちこちで「かわいい」を連呼している。
舞台の榊高遠くんはあんなにもかっこいいので、普段の静稀にがっかりする人もいるんじゃないかと心配していたのだが、杞憂だったようだ。
会場中が、静稀のほんわかした空気に包まれ、ピンク色に感じる。
今日集まってくださったかたがたは、今後も静稀を、榊高遠を見守り育ててくれるだろう。
とても素敵なお茶会に、僕は心から安堵した。

数日後、千秋楽を迎えた。
東京公演のお稽古開始日までの10日間、静稀は少し撮影やインタビューのお仕事が入ってるらしい。
それ以外は、また、あれこれお稽古を入れるのかな。
本当なら一緒に過ごせるはずだった日々だと思うと、淋しさが募った。
4回生になり、大学にも週1回2時間の出席しか必要なくなった。
僕は持て余した時間を、デザインの勉強につぎ込んだ。
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