お帰り、僕のフェアリー
5月末に、静稀は東京公演へ旅立った。
石井さんに誘われたが、今回は僕は東京へ行くのをやめた。
公演を見るのはやぶさかではないが、独りでホテルに宿泊するのもさびしいし、夜に飛行機や新幹線で日帰りするのもわびしい気がした。
どうせ離れていても、静稀のことが頭から離れるわけじゃない。
ただ、静稀を想い、デザイン画を書き散らした。
伯父からは、卒業後の渡仏の意志を問われた。
正直、僕は悩んだ。
従妹は、もう僕に会っても平気だろうか。
何より、本当に僕が伯父の会社に入っていいのだろうか。
伯父は何も言わないが、僕は幼少時から半分有色人種であることに対する差別を感じてきていた。
オートクチュールの世界で、日本人の僕が通用するとは思えない。
伯父の顧客に王族・貴族・元貴族などが多いのも、伯父自身が元貴族の家の当主だからだ。
やはり僕は、そこに入り込むべきではない、と思う。
伯父の築いたものを、僕の存在が壊してしまうのが、怖い。
このまま、裏方として手伝わせてもらうわけにはいかないだろうか。
東京公演が始まって一週間後、榊高遠くんが大階段から落ちた。
石井さんからの連絡によると、斜め後方から上級生に押されて落とされたらしい。
静稀は、肋骨を骨折した。
少し血尿が続いたということで、腎臓も痛めたようだ。
翌日から、榊高遠くんは休演した。
何とか公演期間中に復帰したいと静稀は訴えたらしいが、残念ながら叶わなかった。
体の傷は次第に治るが、心の傷はなかなか癒えない。
静稀は、今まで以上に上級生に怯え、萎縮するようになってしまった。
石井さんが、いくら宥めても、叱咤激励しても、静稀の心には響かなかった。
7月半ば、静稀の次の公演のお稽古が始まった。
今度は名古屋での公演らしい。
大階段を怖がるようになった静稀にとっては、名古屋の劇場の小さな階段はいい足慣らしになるだろう。
8月の終わりに、名古屋公演が開幕した。
石井さんにお願いされて、僕も一度観劇した。
今回も、静稀はいい役をもらっていた。
しかし、萎縮した静稀から、華が消えてしまった。
まぶしい笑顔が消え、オーラが消えた。
……榊高遠くんは、「押し出しが弱い」と評された。
フィナーレで僕を見た静稀は、泣きそうな顔をした。
僕は思わず手を伸ばしそうになった。
静稀が僕に助けを求めているような気がした。
しかし、静稀からは、何の連絡もなかった。
石井さんに誘われたが、今回は僕は東京へ行くのをやめた。
公演を見るのはやぶさかではないが、独りでホテルに宿泊するのもさびしいし、夜に飛行機や新幹線で日帰りするのもわびしい気がした。
どうせ離れていても、静稀のことが頭から離れるわけじゃない。
ただ、静稀を想い、デザイン画を書き散らした。
伯父からは、卒業後の渡仏の意志を問われた。
正直、僕は悩んだ。
従妹は、もう僕に会っても平気だろうか。
何より、本当に僕が伯父の会社に入っていいのだろうか。
伯父は何も言わないが、僕は幼少時から半分有色人種であることに対する差別を感じてきていた。
オートクチュールの世界で、日本人の僕が通用するとは思えない。
伯父の顧客に王族・貴族・元貴族などが多いのも、伯父自身が元貴族の家の当主だからだ。
やはり僕は、そこに入り込むべきではない、と思う。
伯父の築いたものを、僕の存在が壊してしまうのが、怖い。
このまま、裏方として手伝わせてもらうわけにはいかないだろうか。
東京公演が始まって一週間後、榊高遠くんが大階段から落ちた。
石井さんからの連絡によると、斜め後方から上級生に押されて落とされたらしい。
静稀は、肋骨を骨折した。
少し血尿が続いたということで、腎臓も痛めたようだ。
翌日から、榊高遠くんは休演した。
何とか公演期間中に復帰したいと静稀は訴えたらしいが、残念ながら叶わなかった。
体の傷は次第に治るが、心の傷はなかなか癒えない。
静稀は、今まで以上に上級生に怯え、萎縮するようになってしまった。
石井さんが、いくら宥めても、叱咤激励しても、静稀の心には響かなかった。
7月半ば、静稀の次の公演のお稽古が始まった。
今度は名古屋での公演らしい。
大階段を怖がるようになった静稀にとっては、名古屋の劇場の小さな階段はいい足慣らしになるだろう。
8月の終わりに、名古屋公演が開幕した。
石井さんにお願いされて、僕も一度観劇した。
今回も、静稀はいい役をもらっていた。
しかし、萎縮した静稀から、華が消えてしまった。
まぶしい笑顔が消え、オーラが消えた。
……榊高遠くんは、「押し出しが弱い」と評された。
フィナーレで僕を見た静稀は、泣きそうな顔をした。
僕は思わず手を伸ばしそうになった。
静稀が僕に助けを求めているような気がした。
しかし、静稀からは、何の連絡もなかった。