お帰り、僕のフェアリー
名古屋公演が終わって、すぐに、次の大劇場公演のお稽古が始まる。

芝居はいい。
問題は、ショーの大階段だ。
よほどの恐怖感を植え付けられたのだろう。
お稽古期間中はそうでもなかったが、舞台稽古が始まると静稀は目に見えて痩せこけた。
ろくに食事を摂れなくなり、ますます暗い陰のある子になってしまった。


11月に入り、初日を迎えた。
今公演で、れいさんが退団してしまうらしい。
既に結婚の決まった「寿退団」らしいので、おめでたいことなのだが……義人と関係があったことを知っている僕としては複雑だ。
静稀の数少ない理解者がいなくなってしまうことも、心配だった。

最後の公演で、れいさんはいつもよりいい役をもらった。
凜々しく美しい、れいさん。
どうして今までいい役をもらえなかったんだろうか。
静稀の抜擢を見てきた僕には、とても残酷に思えて仕方がなかった。

初日の夜、義人がふらっと我が家に来た。
酒を酌み交わし、ほどよく酩酊したところで、義人が重い口を開いた。

「れい、晴れ晴れした顔やったな。」
「ああ。」
「今更、やけどな。」
「……れいさんは、もっと真ん中に出てもおかしくなかったと思うんだけど。」

僕の素朴な疑問に、義人が皮肉気に言った。
「れいは努力もカネコネも足りひんかったからな。しょうがないわ。」

「なあ、努力とコネはしょうがなくても、お金なら、お前んちなら何とかなったんじゃないのか?」

義人の父は、西日本有数のグループ会社を興した企業家だ。
成金を気にしてるため、逆に色々な文化事業に還元してると、以前由未が言っていた。
歌劇団の生徒のスポンサーになるぐらいはたやすいのではなかろうか。

義人は、グラスに残った酒をぐいっと飲み込んだ。
「俺もそのつもりやったし、入団当初は多少便宜もはかってんけどな。そのあとは、れいに断られた。『愛人になるつもりはない』って。金を出されたら、オトモダチじゃなくて愛人になってしまうんやて。」

……れいさん、寂しいよ。
オトモダチか愛人の選択肢しかなかったのか?

「恋人になりたかったんじゃないか?」
義人を責めるつもりはないが、ついそういう口調になってしまった。

義人はため息をついた。
「れいは、めちゃめちゃイイ女やけどな……俺には、お前みたいに一途になれんかったわ。れいも、静稀ちゃんみたいに真っ直ぐ来てくれへんかったしな。」

何となく、わかった気がして、僕はうなずいた。

まあ、今の静稀は真っ直ぐじゃないけどね。
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