お帰り、僕のフェアリー
義人は、少し考えてつぶやいた。
「逆かもしれへんな。静稀ちゃんの場合、お前に泣きつきにくることが、殻を破るってことなのかもな。」

「来るならとっくに来てるよ。骨折しても休演しても、僕は何もさせてもらえないんだ。」
視界が揺れる。

「恐怖心でいっぱいなんやろ。上級生が怖い。大階段が怖い。突き落とされたり、足引っかけられたり、怖くて怖くて怯えてるんや。かわいそうにな。俺なら、『そんな想いしてまでがんばらんでいい』って、連れ出してやりたいわ。」

頭がぼんやりしてきて、義人の声が聞き取りにくくなる。
目の端に滲んでる涙を拭きたいのに、僕はそのまま動けなくなる。
体が重い。
眠りに落ちていくのを自覚しながら、僕は義人の最後の言葉の意味を直感して、少しいい気分になった。

義人はそうして、若紫を、うまく笑えない希和子ちゃんを連れ出してきたんだな。
お前、かっこいいなあ。
さすがだよ。
かっこいい。

僕には、できないよ……。

ごめん……静稀。
1人で怖がらせて……。
ごめん……。


翌朝、目覚めると、激しい頭痛におそわれた。
僕は、暖炉のそばのソファで酔いつぶれて寝てしまったらしい。
毛布にくるまっているのは、義人がかけてくれたのだろう。
のども痛い。
風邪、ひいたかな?
とにかく、頭痛薬を飲もうと、台所へ。

「おはよう。セルジュ、ひどい顔してるで。」
義人が、ミキサーの中の野菜ジュースを撹拌し直してグラスに注ぎ、僕に差し出す。

「おはよう。頭痛がひどくて。それにのども。義人は大丈夫だったか?」
野菜ジュースをいただくと、普通に旨い。

「俺は客間のベッド借りてんけどな。セルジュは風邪ひいたみたいやなあ。顔も赤いわ。」

そう言われると、熱っぽい、気もする。
風邪か。

「参ったな。チケット無駄にするわけにもいかないし。」
ズキズキと痛む頭痛にこめかみを押さえつつ頭痛薬を飲み込む。

義人が、フライパンでフレンチトーストを焼きながらこっちを見る。
「ほな、俺が行くわ。今日は寝とき。」

「…じゃ、頼んでいいか。石井さんには僕から連絡しとくよ。」

「よろしく。セルジュはこれ食って、ちゃんとベッドで寝とけよ。」
義人はそう言いつつ、手際よくフレンチトーストを焼き上げ、お皿に盛り付ける。
蜂蜜とヨーグルト、煎ったすり胡麻を添えて出してくれた。

「見送らんでええで。」

「ありがとう。いただきます。」
義人が出てく。

僕は、熱と頭痛で割れそうな頭を抱えて、義人のフレンチトーストをいただいた。
滋味だなあ。
二日酔いでも風邪でもすんなり食べられるおだやかな味と香りに、親友の優しさを感じて、僕は癒やされる想いだった。

僕は、石井さんとマサコさんに連絡してから、自室のベッドで泥のように眠った。
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