お帰り、僕のフェアリー
「え~、でも、寮って私物そんなに置けへんでしょ?これからファンにいっぱいプレゼントもらったら、大変なことになりそう!」
由未の疑問に、僕も頷く。

「そんな、私、背も低いし、そこまで人気出ませんよ。」
静稀が謙遜ではなく本気でそう思っているのは理解できる……が、そんなわけがないだろう。

確かに、今の男役としては長身ではないかもしれないが、168cmなら充分だと思う。
何よりこの、綺麗な姿形と、内面からあふれ出る魅力。

「静稀は、順当にいけば、スターになると思うよ。」
トップスターになれるかどうかは、スポンサーと運次第だろうけど。

「なんだか、お二人とも、歌劇団に詳しいですよね?お好きなんですか?」

思わず、由未と顔を見合わせる。
「僕は、小さいころから、日本に帰国する度に祖母に連れられて観劇してたのと、、、」
「私は、ごめんなさい、まだ実際には見たことないの。兄のオトモダチに歌劇団の生徒さんがいるのよね?セルジュ?」
オトモダチ、と、強調して言う由未に苦笑い。

ちなみに、音楽学校を卒業して歌劇団に入団しても、「団員」ではなく「生徒」と呼ばれるらしい。

由未の兄、つまり僕の数少ない親友の1人が竹原義人なのだが、彼奴は、まあ、女性によくもてる上にマメなので、由未の言うオトモダチがやたら多い。
義人にジェンヌのオトモダチがいるのも今に限ったことではないのだが、妹の由未がどこまで兄の情事を把握しているのか僕にはわからないので、曖昧に微笑んで誤魔化した。
もちろんすみれコードという、歌劇団の自主規制に引っ掛かる話だしね。

「それで、静稀の初舞台公演は?いつから?」
「はい、4月24日からです。」
「もう一ヶ月切ってるんだね。お稽古、大変なんだろうね。」
「もう、毎日しごかれてます。でも同期でがんばれるのも、あと少しですから、一瞬一瞬を大事にしたいと思っています。私は、すぐにテンポが遅れるので、お稽古のお休みの日も自主稽古をしてて、今日も昼までお稽古してたんですよ。」

目をキラキラと輝かせて、とても優等生な発言を計算ではなく本気で言っている静稀。
なるほど、静稀自身の素直な気持ちは僕にはとても微笑ましいけど、ある種のひねくれた者には「嫌味」なのかな。

おっとりした静稀の話し方も、大阪人あたりには、苛つく要素かもしれない。
オチもないしね。
ほぼ標準語の静稀は、関西以外の出身だろうし、テンポもノリも随分と違いそうだ。

ただでさえ、女ばかりの競争社会で生きていくのは、大変だろうに。
音楽学校の2年間の静稀の苦労を慮ると、胸が熱くなる思いがした。

僕自身が、フランスからこの芦屋に転居し、さらに、保守的な京都の学校に3年間通った戸惑いを経験しているからかもしれない。
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