お帰り、僕のフェアリー
親友どもには、なかなか言い出せなかった。

そして、僕は12月20日に卒論を提出。
ほぼ同時期に義人も彩乃も、それぞれの卒論・卒研を終えたのを待って、僕は2人に渡仏の意志を伝えた。

案の定、2人はすぐにやってきてくれた。
マサコさんがたくさんのお料理を準備してくれたので、食事と酒をやりながら話す。

淡々と事後報告をする僕に、彩乃が肩をすくめる。
「なんか、元のセルジュに戻ってしもたな。」

僕は、ワインを喉に流し込む。
「そうかもね。憑き物が落ちた気分だよ。」

「うわ~。嫌味な笑い。ほんまや。セルジュ、こういう奴やったなあ。」
自虐的に笑ったつもりだったが、義人に揶揄された。

ふん。
どうとでも言ってくれ。
僕は、空になったグラスにワインをついで、また煽る。

「もう、帰ってくるつもりもないんか?」
彩乃が、ためらいがちに問う。

「どうかな。今のところは、何も考えてないよ。でも日本に居る理由もないから。」

「ほんま、むかつく。俺らも捨てる気か。」
義人が冗談めかしてそう言った。

「いや。いつでも歓迎するよ。」

「もう、セルジュの心はフランスにいるんだな。」
彩乃が寂しそうにそう言った。

義人は急に立ち上がり、サイドボードからブランデーを出す。
ロックグラスになみなみとつぎ、僕に差し出す。
「飲め。飲んで、酔え。」

「……やだよ。」

「俺は本音で話しに来たんや。かっこつけてんと、飲めや。」
義人は僕の手からワイングラスを取り上げて、ブランデーの原酒を押しつける。

「本音?僕が、静稀から逃げる、って言いたいのかい?」
僕は、笑ったつもりだったが、片頬だけが引きつるように上がったのを感じた。

「逃げる自覚はあるんや……。」
ぼそっと彩乃がつぶやく。

……ブルータス、お前もか!
僕は義人の手からロックグラスをひったくって、ブランデーを煽る。
半分ぐらい飲んだところで、義人に返す。
「お前らも付き合えよ。」

義人は、さらに半分飲んで、彩乃にグラスを渡す。
あまり酒に強くない彩乃は、嫌そうに、それでも飲み干した。

「で?」
僕は、2人を見据えて口を開いた。
「逃げちゃ悪いか?もう独り相撲も限界だ。これ以上僕は惨めになりたくない。」

もう、いいだろ?
楽にならせてくれ。

「静稀ちゃんより、自分のプライドが大事か?」
義人が辛辣なことを言った。

「fierte(プライド)!」
僕は、両手を広げて天を仰ぐ。
「それがなきゃ、僕は僕でなくなってしまう!いや、identite(アイデンティティ)か。」
何もおかしくないのに、笑いがこみ上げてくる。

「Je pense que je deviens fou.」
気が狂いそうだ、と僕は無意識にフランス語でこぼしていた。

義人と彩乃は互いの顔を見合わせている。

彼らが何を言わんとしてるのか、僕は想像だにしてなかった。
< 70 / 147 >

この作品をシェア

pagetop