お帰り、僕のフェアリー
「なあ、セルジュ。もう、静稀ちゃんのことは、本当にもういいのか?」
意を決したように、彩乃が口を開く。

「静稀ちゃんがお前に助けを求めてても、見捨てるんやな?」
義人が小憎らしく、重ねて確認する。

僕はふてくされて、ブランデーの瓶を引き寄せる。
「いいも悪いも…僕は、お呼びでないんだから。」
グラスに少しだけついで、煽る。

彼女が助けを求めたなら、こうはならなかったよ。
あ、ダメだ。
また笑えてくる。
小さくわらう僕に、義人が告げた。

「こないだの公演の初日の夜な、俺、静稀ちゃんを見たわ。酔っ払って、泣いてた。」
彼女が、酔っ払う?
そうだ、20歳の誕生日にもドレスを贈ったっけ。
もう、飲めるんだなあ。

「ご家族には泣きつけるんだな。彼女に発散できる人達がいてよかったよ。」
初日の夜はご家族で夕食…初舞台から変わらない行事だ。

僕は、嫌みじゃなく、本当にそう思ったのだが、義人に怒られた。
「あほか!あの子はお前に泣きつきたいんや!おれは、ここで見たんや!」

え?
いつ?

義人は、つかつかと窓辺に歩み寄り、カーテンを勢いよく開けた。
「お前がここで、そのソファで寝てしもてから、俺は少し夜風に当たりたくなって、窓を少し開けようとした。そしたら、視界の端に何か動くものが見えたんや。猫かタヌキやろうと思って、一旦は窓もカーテンも閉めたけどな、しばらくしてもっぺんカーテンの隙間から見下ろしたら、静稀ちゃんがいたんや。」

え?

「すぐ外に飛び出したら、静稀ちゃんに見つかってしもて、走って逃てったんや。」

いつ、だって?
彼女が、うちに?
僕は、義人の言葉をただ茫然と聞いていた。

「次の日、お前、風邪引いたし、俺が代わりに観劇するゆうて、行ったやん?終わってから、静稀ちゃんを捕まえようとしたけどまた逃げられたから、れいに逢って色々聞き出したわ。静稀ちゃん、あれからもずっと根性の腐った上級生に、ねちねちといびられ続けてるんや。特にお前が客席に来たら、ひどくなるらしいわ。」

え?

「セルジュは目立つから、どこに座っててもわかるしな。」
舞台経験の豊富な彩乃が、そう付け加える。

「れいも見かねて、静稀ちゃんを稽古場でかばったり、飲みに誘ったりはしたみたいやけど、結局周囲が何を言うても、あの子自身が強くなるしかないみたいやな。簡単なことやねん。何か言われても『もう別れた。逢ってない』って言い張ってこっそり逢えばええねんから。」

……だから、静稀には嘘はつけないんだってば。
誰に対しても誠実というよりは、信仰心なのかもしれない。
ふと、僕の中に、引っかかるものを感じた。
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