お帰り、僕のフェアリー
「ゴールデンウィークに明子さんといらっしゃった時でした。」
「そんな前から!?」

マサコさんは、困ったように笑って続ける。
「彩乃さんに言われて、監視カメラをチェックしましたら、確かに静稀さんが映っていました。遡ると、4月15日の夜からです。」

4月15日……。
あの日だ。
静稀に「ごめんなさい」された日。
あの夜、静稀は来たのか。
僕が気づいていれば……。

「静稀は、何度ぐらい来てましたか?」
おそるおそる聞いてみる。

マサコさんは、気の毒そうに言った。
「数え切れませんよ。こちらにいらっしゃる時はほぼ日参じゃないですか?」

日参……。

「マサコさん……僕は……まぬけな男だ……。」
あまりのことに自分の馬鹿さかげんが恥ずかしくなる。
求めてやまない静稀が、毎日来てくれてたことに、全く気づいてなかったなんて!

マサコさんは、僕の手を両手で包み込んだ。
「ぼっちゃんが気づいてくださるのを、ずっとお待ちしていました。彩乃さんも、私も、先月からは義人さんも。」

……いや、僕はいつまでたっても気づけなくて……彩乃と義人に教えてもらわなければ、春には本気で渡仏予定でした……。

うっすら涙ぐんでいるマサコさんのあたたかさに、僕は、恥じらいながらも、胸がいっぱいになった。
僕は静稀を待っているつもりだったけど、静稀もまた僕を待っていたのだろうか。
そして、彩乃もマサコさんも義人も、僕が気づくのを待っていたなんて。

「マサコさん。僕は静稀を捕まえることができるでしょうか?」
「あら、捕まえる、なんて失礼ですよ。静稀さんのお帰りを優しく迎え入れてさしあげてください。」

……はい。

できないかもしれない。
また逃がしてしまうかもしれない。
僕のフェアリーは臆病で、すぐ逃げてしまうんだから。

でも、今夜がダメでも、明日。
明日がダメでも、明後日。

僕は、もう諦めない。
静稀から、逃げない。


その夜。
居間の窓辺のクリスマスツリーを点灯する。
カーテンを軽く閉めて、室内灯を煌々とつけて置き、僕は隣の真っ暗な部屋で待機した。
妖精を捕まえるための、もとい、迎えるための、罠を仕掛けた気分だ。

23時過ぎ、ぴょこぴょこと静稀の頭が近づいて来るのが見えた。

来た!
僕は、そっとバルコニーに出る。
冷たい風が吹いている。

静稀は、窓辺のクリスマスツリーに気づいて、一瞬、顔を輝かせてから、今度は逆に泣き出した。
三日月と街灯に、静稀の涙がキラキラ輝く。

僕はたまらなくなり、バルコニーから身を乗り出した。
影が動いたことに静稀が気づいたらしい。
静稀が僕を見つけて、両手で口元を覆う。

逃げないで。
心の中で強くそう願いながら、僕は静稀に微笑みかける。

いつもと立ち位置が逆だな。
舞台の上から静稀が客席の僕を見下ろしていたように、今夜はバルコニーから僕が門の向こうの静稀を見下ろした。
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