お帰り、僕のフェアリー
救急車は、嫌いだ。

母を交通事故で亡くした僕は、救急車が苦手だ。
…祖父母も交通事故で逝ったので、たぶん救急車が来たのだろうと思うと、ますます息苦しくなる。

「明日の朝、病院に行くから。今夜は、静稀にそばにいて欲しい。頼むよ。」

静稀の肩をかりて、支えてもらって、家に入る。
とても二階に上がれそうもないので、キッチンに連れてもらう。
救急箱の位置を伝えると、静稀はすぐに僕の手当をはじめた。

膝の上を一度包帯で縛り、傷口を消毒液で洗い流す。
大きく切れている割に、傷は深くなさそうだ。
これならすぐに血が止まるだろう。
顔もただの擦過傷だ。

問題は、肩と腕。
みるみるうちに、赤く腫れ上がっていく。
やっぱり折れたかな。
鎮痛剤を飲んでも、ズキズキと疼く痛みは全く鎮まらなかった。

「静稀。もういいから、こっちきて。」
僕が楽に横になれるよう、何枚も毛布を運んでる静稀を手招きする。

「でも、着替えも持ってこなきゃ。血まみれだし、破れてるし。」
再び部屋を出ようとする静稀。

「明日でいいよ。毛布より服より薬より、静稀がほしい。」
僕はそう言って、静稀をに向かって左手を伸ばす。

静稀の綺麗な顔が、ぐにゃりと歪む。
「どうして……。怒ってないの?」

怒ってたよ。
悲しかったよ。
でももういいんだ。

「ずっと待ってたんだ。馬鹿だろ。まさか静稀が来てくれてるなんて、気づきもしなかった。本当にごめん。僕のほうが待たせてたんだね。」

静稀はぶんぶんと首を横に振った。
「違……う。私が悪いの。私が……」
静稀の両目から、ボロボロッと大きな涙がこぼれる。

「おいで。」
静稀は、そのまま動かない。

「静稀。ねえ、来て。僕はこれ以上動けないよ。」
僕が痛そうに顔を歪めると、静稀は、慌てて飛んできた。

僕のそばに跪く静稀に、覆い被さるようにしがみつく。
「ごめんね。体重かけちゃうけど、こうしてたいんだ。」
「うん……」

「ずっと静稀に触れたかった。」
「うん。」

「静稀の声が聞きたかった。高遠くんじゃなくってね。」
「うん。」

「僕のこと、許してくれる?」
「……セルジュは、悪くない。」
静稀はそう言って、僕をぎゅっと強く抱きしめた。

いたたた……
体中がまだ痛む僕には、正直つらかったが、うれしいので我慢。

「静稀。」
「……うん。」

「僕のこと、好きでいてくれて、ありがとう。」
「う……うぇええええん!」
静稀が、子供のように声をあげて泣き出した。

「ごめんね。独りでつらかったね。ごめんね。」
ぎこちなく、静稀の背中を左手で撫でる。
「ちが……セルジュじゃない……私が……ごめんなさい……」

「静稀は独りでがんばったよ。いっぱい怖かったろ?支えてあげられなくて、ほんとうに、ごめん。」
「……ちがう……私が……」

「ううん、僕は臆病になってたんだ。静稀に拒絶されるのが怖くて、何もできなかった……」
僕の言葉に、静稀の涙が止まる。

「セルジュも?怖かったの?」

そうだよ……
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