お帰り、僕のフェアリー
「じゃ、早速バスルームに行きますよ~。」
静稀が張り切って僕の手を引く。

……立場逆転、すっかりエスコートされてるよ、僕。

本当は、もう少しソファなりベッドなりで、静稀といちゃいちゃ睦み合いたい気もしたが、僕は静稀の言いなりになり世話をしてもらった。
介護用品店で入手した、美容院で使うようなケープを首からかけられて髪を洗ってもらう。
くすぐったいけど気持ちいい。

「ふふふ。てるてる坊主みたい。」
静稀が途中で手をとめて鏡に映った僕を見て、笑う。
白いケープが円錐に広がり、頭に白い泡をこんもりのっけられた僕は、確かにてるてる坊主のフォルムだった。
好きにしてくれ、と僕は苦笑い。

静稀は、何をしててもうれしそうだった。
幸せいっぱいの静稀の笑顔を見てると、僕もとても心が満たされる。

しかし、全身を拭いてもらうのは……さすがに抵抗があった。
かつて静稀を抱いてても、静稀にいわゆる奉仕をさせたことがなかったので、正直なところ僕の方が恥ずかしい。
しかし、僕の利き腕が使えず、体勢も無理できないとなると、事情は変わってくる。

静稀と再び愛し合うようになって以来、そちらのほうでも静稀は積極的にイニシアティブを取った。
口惜しいけど、それもありかな、と認める。
なんでもいい。
静稀と僕は、やっと再び巡ってきた2人の幸せの時間に酔いしれた。

大晦日も元日も、静稀の舞台稽古は休みにならなかった。
さすがに夕方には終わったようだが、東京では食事に誘われて出ることが増える。
毎日ハードだろうに、それでも静稀は僕の部屋を訪れてくれた。
てるてるタイム、と呼んで静稀は僕の洗髪を楽しんだ。

1月2日、東京公演が開幕した。
僕は二階で観劇する。
左手だけで双眼鏡を持ち続けるのは、なかなか大変だった。

……プログラムの購入も、幕間(まくあい)の食事もままならない。
顔と脚の傷はすっかりふさがっているのだが、やはり骨折ってのはおおごとなんだなあ。
改めて不自由を痛感した。

舞台は、ムラの時と比べ物にならないぐらいスケールアップしていた。
僕が榊高遠くんをメインに見るからなのかな。
最初はそう思って見ていたのだが、途中で気付いた。
榊高遠くんは、出番も位置も上げられている!
すごいな。
やはり劇団は静稀の成長を待っているようだ。
僕は、無意識に生唾を飲み込んだ。
榊高遠くんから出るオーラが、大きな羽根のように広がりはばたいて見えた。
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