お帰り、僕のフェアリー
翌日から、静稀は新人公演のお稽古を始める。
二番手格の役を与えられた静稀は、思う存分その成長ぶりを発揮できたらしい。
新人公演で主役を勤める上級生に褒めてもらったと、とても喜んでいた。
……正直、石井さんや僕にとって、カネコネの見本みたいな実力もない上級生の称賛なんぞどうでもいいのだが。
それでも静稀には心の励みになり、同時に新たな後ろ盾を手に入れたようなものらしい。
新人公演メンバーの中での静稀の立場は一転したそうだ。

ま、静稀が生きやすい環境ができたのはとても喜ばしいことに違いない。
事実、東京の新人公演で、静稀はしなやかに羽化した。
見紛うことのないスターの輝きを放った。

いつもクールな石井さんが、こっそり涙をぬぐっていた。
僕にいたっては、滂沱だったけど。


新人公演が終わると、また2人で過ごす時間が増えた。
たまに静稀はおばさまがたからお呼ばれされたり、上級生達と食事に行っていたが、それでもその後やはり僕の部屋に羽根を休めにきた。
2人で外出することはできなかったが、僕らは幸せな恋人達だった。

「そういえば、さっきホテルのロビーに渚さんがいらしたの。スカートで。びっくりしたけど、かわいかった。私も今度のお茶会、セルジュのドレスで出ようかな……」

ある夜、静稀が僕にくっついたまま、そう言った。
渚さんは、噂のカネコネジェンヌだ。
新人公演主演を独占し、ギラギラと肉食獣のような野心を隠さない強い女性、のイメージだが。

「男役って、スカートはいていいの?」
ちょっとびっくりしたので、僕は改めて質問した。

静稀はちょっと困ったように答える。
「禁止ではないと思う。でも、男役のイメージを損なうから基本はパンツ、なんだけど。渚さん、似合ってたなあ。」

ふうん。
僕は渚さんの素顔を思い出して想像する。
……僕の好みじゃない……ことは置いといて、平面的な顔だったな。
渚さんをけなすと静稀に怒られるので、僕は黙って聞いていた。

「スポンサーのおじさまたちとのお食事会なんですって。渚さんはファンクラブもあるし、すごいんだよ~。」
うわぁ。
おじさん相手の時はスカートで媚びるんだ。
もともと渚さんに好印象を抱いていない僕は、ますます苦手意識が強くなる。

静稀、頼むから、彼女を見習うのはやめてくれよ……。

ちなみに僕は石井さんから聞いて知っていた。
新公主演が決まって早々にファンクラブを組織した渚さんだが、実力と比例して人気はイマイチ。
3学年も下の静稀のほうがお茶会で人を集めているのだ。

「静稀は、渚さんが好きだねえ。怖くないの?」
さりげなくそう尋ねたところ、静稀はキラキラと瞳を輝かせて主張した。
「好き!渚さんは、しっかりしてて、すごく正義感が強いんだよ!」

……静稀を虐めてた上級生を黙らせたことは確かに渚さんの功績のようだ。
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