お帰り、僕のフェアリー
まあ、なんでもいいか。
静稀が慕ってるうちは大丈夫だろう。

「ちなみに、お茶会でドレスはダメだよ。いつか静稀が女役をする時が来たら、その時は僕がふさわしいドレスを考えるから。それまでは、絶対禁止。」

静稀は、きょとんした。
「なんか、セルジュ、石井さんみたい……」

僕はつい吹き出した。
静稀の言う通り、僕と石井さんは、今の静稀に対する見解がよく似てるのだ。

僕は静稀を片手で抱き寄せる。
「よかったね。静稀は公私ともに守られてるんだね。僕だけじゃなくて、石井さんの言うことも、ちゃんと聞くんだよ。」

物事をはっきり言う石井さんに対して、静稀はある種の緊張感を抱き続けている。
感謝してるし、嫌いじゃないけど、甘えられないし、ちょっと怖い、といったところか。
でもね、静稀。
静稀にとって本当に頼りになるのは、渚さんじゃなくて、石井さんなんだよ。
立場が違うから、比べることに意味はない。
でも、静稀に尽くしてくださっている石井さんに、もう少しだけ心を開いてあげてほしい、と僕は思ってる。

静稀は、僕の胸に顔を摺りつけて、小さく「うん」とつぶやいた。

公演期間の最終日曜日の夜、榊高遠くんのお茶会が開催された。
結局静稀は、黒いヴェロアのスーツを着用した。
経糸(たていと)も緯(よこいと)も絹で織った、いわゆる本天鵞絨(ほんビロード)だ。
……もちろん僕にも同じものを伯父が作って送ってくれているが、お揃いで着るわけにはいかない。
僕はコーデュロイのジャケットを羽織って隅っこでお茶会を見守った。
あいかわらず、静稀はほんわかしていて、かわいらしかった。
350人ほどの参加者全員と握手をし、テーブルを回って記念撮影。
にこやかに和やかに、静稀のキャラそのもののお茶会となった。

そして火曜日が千秋楽。
れいさんが、華々しく大階段を下りてきて卒業の挨拶をした。
蔭に日向に、静稀を助けてくださった、れいさん。
僕は感謝の気持ちを込めて、精一杯の拍手を送った。

一階前方に義人の姿が見えた。
おそらく、れいさんの席だろう。
終了後、義人に電話を入れて、カフェで落ち合うことにした。
義人は、見知らぬ男性を連れてきた。
なんと、来月れいさんと結婚する男性らしい。

……れいさん……なにも、義人と婚約者を隣同士に配席しなくても……。

背の高くない、ふくよかなその男性は、とても温かく優しそうに見えた。
どうか、れいさんと幸せな家庭を築いてください。
義人も心からの祝福をしていた。
れいさんにとっても、義人にとっても、一つの季節が終わったのだろう。
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